本研究の目的は、運動物体に対する視覚情報処理と観察者の身体運動の関係を実験的に調べることであり、大規模なバーチャル・リアリティ装置を用いた実験の前段階を持つという位置づけをもつものであった。身体運動のうち代表的なものは観察者の前後運動であり、この運動は網膜像の拡大や縮小を引き起こす。ここで重要なことは、観察者の前進と後退には頻度の非対称性があることであり、前進の方が圧倒的に多い。この非対称性に対応するような電気生理実験データも知られている。そのため拡大物体と縮小物体を用いた視覚探索の実験を行い、探索に対する反応時間を計測することにより、拡大と縮小の間に処理効率の非対称性が見られるかどうかを検討した。結果は次のようになった。1)拡大物体を縮小物体の中から探す条件の方が、縮小物体を拡大物体の中から探す条件よりも容易であった。すなわち探索非対称性が見られた。2)この非対称性は視野の周辺部でのみ見られ、偏心度7度以下の視野中心部では見られなかった。すなわち、視野中心部では拡大物体も縮小物体も、ともにひとめで見つけることができたが、視野周辺部では拡大物体はひとめで見つけられるが、縮小物体はひとめでは見つけられず、選択的注意を必要とするような探索様式であることが、反応時間データから示唆された。従来の運動視の研究が視覚系で閉じた情報処理様式を想定しているのに対し、この結果は、運動視にも身体運動の特性が影響することを示す。実験結果をまとめてPerception and Psychophysics誌に投稿し、現在審査中である。
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