本研究では、ペルシャ文字による中国音転写資料であるラシード・ウッディーンの『ターンスークナーメ』(14世紀初)や同じくラシード・ウッディーンの『中国史』や中国国家図書館蔵『回回薬方』(元末・明初)、また漢字によるペルシャ語の転写資料である『回回館訳語』(明代)などを対象として当時の中国語音を検討した。 『ターンスークナーメ』では入声の反映に関して-p、-t、-kの韻尾をもつタイプと、閉鎖音韻尾を脱落させるタイプの2つが認められるが、いずれも大体の体系は北方方言系のものと見られる。 それに対して、ラシード・ウッディーン『中国史』の方の転写は『ターンクスークナーメ』に比して精度が荒く、また音韻特徴の面から言っても完全には同一の方言を反映するものではないことが確認された。 『回回薬方』については当初、独自に入手したマイクロフィルムにより研究を進め、その中に含まれるペルシャ文字や漢字によるペルシャ語の転写を逐次摘記していったが、国家図書館では4分の1程度しかマイクロフィルムの焼き付け許可をしていないため、未だ全体を覆うものではなかった。しかるに研究期間が終了する間際になって中国で残存部分すべてを含む影印本が出版されたので、これにより完全な研究をなすことが可能になった。今後の課題としたい。 『回回館訳語』については子音・母音の他、声調にも音節の位置に応じて一定の偏りが見られることが明らかとなり、その反映する音韻体系全体について逐次発表していきたい。
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