研究概要 |
本年度は、昨年度の研究成果をもとに、アウグスティヌスにおいて「音楽」概念の鍵概念となる「記憶(memoria,recordatio)」の独特の働きを分析した。具体的に以下の二点を主題とした。1)「音楽」において、魂が自己の源泉へと回帰する際に重要な役割をもつ「記憶」の働きに関して、初期アウグスティヌスの思想を、影響関係が議論されるプロティノスの思想と比較し、両者の類似点と相違点を分析する。2)中期著作『告白』第十巻で展開される所謂「記憶論」を、「音楽」における記憶の意義という視点から考察し、初期の『音楽論』と中期の『告白』との問に通底する思索として、「音楽」における記憶の働きを解釈する。具体的には、1)については、魂の源泉回帰の過程において、プロティノスにおける「記憶」の働きは、魂が感性界を脱して知性界へと回帰するための暫定的な手段として単なる'過程となるにすぎないのに対して、アウグスティヌスの場合は、「記憶」の日常的な感覚認識が、内的光(=真理)の超越的な経験、すなわち、究極的な目的に開かれている経験となることを明確にした(この成果を『新プラトン主義研究』第12号、pp53-64、2013に掲載)。2)については、『告白』第十巻において、神を探すという根本的な探求過程において、アウグスティヌスが、外的感覚的な記憶から内的精神的記憶へと探求を深めてゆく中で、「記憶を超えたところに」神を見いだすとする場、すなわち、まさに「神を知る」という目的に迫る場において、アウグスティヌスの探求する言葉が詩(歌)になる点に注目した.ここでの「記憶を超えて」とは、自己の記憶の外に神を探すことではなく、まさに自己の内で自己を超えて神を見るという経験の超越性を意味している。ここから、日常的な想起一般も判断・認識の一種と捉えられている点、また想起による認識が神の認識に開かれた超越的契機をもつ判断でもある点とが、『告白』と『音楽論』との間の記憶論上の類似性及び音楽論上の連続性を表していると理解されてくる、(こび)成果をAsia-Pacific Early Christian Studies Society 7th Annual Conference, Luce Center. Presbyterian College and Theological Seminary, Seoul, South Korea, 5-7th July, 2012にて学会発表)。
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