研究概要 |
近年強相関電子系において,電荷秩序が空間的な反転対称性を破ることにより電気分極が生じる新しいタイプの強誘電体が注目を集めている。これは"電子型誘電体"と呼ばれ、遷移金属酸化物や低次元有機錯体においてその可能性が指摘されている。これまでの我々の研究において,電子型誘電体における強誘電相では電荷の揺らぎが大きく,これが系の分極発現に大きな役割を果たすことが明らかになっている。このような電荷揺らぎの効果は、動的な性質や外場効果などに顕著に現れると期待される。有機導体κ-(ET)_2Cu_2(CN)_3は2つのET分子がダイマーを形成して整列した結晶構造を持つκ-型塩の一つである。ダイマー当り1個のホールが存在することから,ダイマーモット絶縁体として知られている。近年,30K付近において誘電率の増大が報告され,その誘電性に注目が集まっている。誘電性を担う電気分極は各ダイマー上のホールが二つのET分子のどちらか一方に局在する電荷の自由度により生じることが予想されている。この誘電異常は広い温度範囲に渡ってブロードなピークを示し,MHz程度の低周波数電場に対して顕著な分散を示すという特徴がある。このような挙動は,結晶中にランダムネスを含むリラクサー強誘電体においてよく見られる。 このことからκ-(ET)_2Cu_2(CN)_3における誘電異常はダイマー内双極子に何らかのランダムネスの効果が働くことで生じている可能性が考えられる。この結果を踏まえ,本研究ではκ-(ET)_2Cu_2(CN)_3を代表とするダイマーモット絶縁体において,ダイマー内自由度に起因する誘電性に対するランダムネスの効果を調べた。得られた結果を以下にまとめる。 ランダム場の強さが小さい領域では電荷秩序相が実現し,これを増加させると各ダイマーの電気双極子の方向がランダムに凍結した電荷グラス相が出現する。これらの閥の相転移はダイマー化が強い領域では二次転移,弱い領域では一次転移となり,間に三重臨界点が存在する。三重臨界点近傍において電荷感受率を調べると,高温では三重臨界点に近づくにつれて感受率が増大するが,低温では電荷揺らぎが抑制されて感受率が低下する。その結果,電荷グラス相においてブロードなピークを持つ誘電異常が生じることを示した。またランダム場が大きい電荷グラス相においてはスピングラス相が実現することを見出した。これは電荷とスピンの結合項を通じて電荷に働くランダムネスがスピン自由度に伝わることで生じる。三重臨界点近傍の電荷感受率に見られるブロードなピークは,に型塩において観測されている誘電異常に対応している可能性がある。
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