研究概要 |
本年度は、これまでに実施してきた南極湖底試料の生物相解析の結果を整理し、湖底の真核生物相を網羅的に記載報告した(Nakai et al., Polar Biology, 35,1495-1504,2012)。本論文により、南極湖底にはこれまで顕微鏡観察で報告されていた蘚苔類や藻類だけではなく、菌類や繊毛虫、さらにクマムシ、線虫、ワムシなどの微小動物が存在することを示した。また、高度に新規なために現時点では分類困難な真核生物系統の存在も明らかとなった。南極の湖沼生態系が、我々の想像する以上に多種多様な生物相の上に成り立っていることが分かったことは、今後の新たな発展方向として意義あるものと考えられる。また、二酸化炭素の固定に関わる酵素である炭酸固定酵素(RuBisco)遺伝子の由来系統を解析したところ、ラン藻のある種のRuBisCOは、分子系統樹内で汎存種から独立したクラスターを形成したことから(NakaietaL,Polar Biology, 35, 1641-1650, 2012)、南極環境下で独自の進化を遂げた固有種が存在する可能性が示された。さらに本年度は、昨年度までに分離培養された好塩性微生物や極小微生物の系統と分離源の情報を組み合わせた系統地理学的な解析も実施した。その結果、南極半島由来のMycoplana属菌株の16SrRNA遺伝子は、塩基配列データベース上のカナダ北極、スイスの高山、中国の氷河、および本株の分離源から遠く離れた他の南極湖沼由来の各配列と非常に高い相同性(99%以上)を示した。一方、他所由来の塩基配列との相同性は低かった(Nakai et al., Antarctic Science,in press)。これらの結果は未だ予察的なものであるが、寒冷生物圏にのみユニークな生物系統が存在することを示唆している。以上の研究成果の一部は、雑誌論文5件と学会発表6件で発表された。
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