日本人乳幼児のアメリカ英語の/r-l/弁別能力の変化について、1993年から1996年にわたって、Bestら(1988)のConditioned eye fixation paradigmに従って実験を行い、以下の結論が得られた。 1)年少グループ(生後6〜8か月)には概してR-L、W-Yとも弁別が可能である。 2)年長グループ(生後10〜12か月)には概してR-Lの弁別はできない。 3)年長グループにはW-Yの弁別が可能なときもあるが、不可能なときもある。 乳幼児は互いに階層的関係にある2つの音声処理装置を生得的に持っている。そのうち下部構造の全体的音声処理機構は、音声をありのままに全体として瞬時に知覚するという性格があり、上部構造の分析的音声処理機構は1つ1つ時間をかけて音声刺激を分析するという性格がある。われわれは、前者には分節音の弁別能力のあることを実験によって確かめた(p<0.05)。なお、Kasiwagi et al.(1989)参照。乳幼児はまず生後6〜8か月頃まではこの下部構造ですべての言語の音素を識別する。ところが、10〜12か月となると上部構造の働きで、母語の音韻構造に沿って弁別素性が抽出され、その組み合わせのルールが作られる。それが作られると、下部構造の弁別方式はそれに規制され、以後下部構造はそのルールに従って音声弁別を瞬間的にするようになる。すなわち、母語を構成する音素以外は弁別できなくなるのである。しかし、なんらかの理由で上部構造が破壊され、その規制力を失うと、下部構造の全体的知覚方式は復活し、ふたび非母語の音素弁別ができるようになる。これは左脳損傷患者は健常者よりR-Lの弁別ができるという事実によって確かめられた。また、ありのままの知覚から母語の音韻ルールによる知覚という質的変化の過程で一時的に母語にも存在する分節音を見失うことがありうる。これが、上記3)の現象である。
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