特別な訓練を受けたことがないにもかかわらず多くの人が一様に優れた技能を獲得している課題領域がある。このようなことが可能なのは、人々がこれらの所産に日常的に触れ、その結果、意図せずに多くの経験を積んでいる(享受経験を持つ)ことによるだろう。本研究では人々が意図せずに多くの情報に触れている領域の1つとして音楽演奏を取り上げ、就学前児童、小学生および大学生に演奏評定を求めて、演奏からの情動の解読技能の発達について検討した。用いた曲は、子供用の練習曲集に収録されている古典派の様式の5曲(長調3曲と短調2曲)の、第1小節から最初の複縦線までの数小節である。5曲のそれぞれをピアノの専門家によって3つの情動(楽しい、悲しい、怒った)を聴き手に伝えるように演奏してもらい、実験材料とした。15の演奏はいずれも、ピアノ演奏経験を積んだ2名の評定者によって、演奏者の意図したとおりの情動を表現していると評定された。実験では、幼稚園児32名、小学3年生76名、小学6年生80名、大学生30名に、15の演奏(5曲×3情動)から受ける印象が3情動のどれに最もあてはまるかを回答させた。大学生にはSD法による印象評定もさせた。その結果、(a)長調と肯定的情動反応の連合については幼稚園児で既に強く見られること、(b)短調と否定的情動反応の連合については小学3年生から見られること、(c)長調か短調かによって情動の解読の容易さが異なったこと、(d)「楽しい」演奏は速いテンポで、「怒った演奏」は大きな音量で演奏されたこと、(e)演奏のテンポは演奏の「明るさ」と、音量は「緊張」並びに「興奮」と関連していることが示された。幼稚園児は解読の正確さの点で他の3群よりやや劣ったが、子供であっても演奏に込められた情動を概ね適切に解読出来ることが明らかになった。
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