研究概要 |
縄文・弥生時代の考古学的遺跡から産するいわゆる古代豚とされる獣骨が,野生のニホンイノシシなのか家畜豚であるかを遺伝学的に特定するための基礎データを得るため,ユーラシア大陸及び東アジア・東南アジアの島嶼域に棲息するイノシシ属(Sus)の野生種及び家畜豚のミトコンドリアDNAシトクロームbの全塩基配列およびミトコンドリアDNAのD-loop領域の一部の配列決定を行い,野生イノシシおよび家畜豚の遺伝学的特性を明らかにした. これらの基礎研究をふまえ,考古学的遺跡産の試料として,縄文時代晩期の佐賀県菜畑遺跡産(4試料),弥生時代の大分県下郡遺跡産(3試料),愛知県朝日貝塚産(3試料)の典型的な古代豚とされる骨を選び抽出された古代DNAをPCRで増幅しミトコンドリアDNA調節遺伝子領域255塩基対の配列を決定し,アジア・日本のイノシシ及び豚の配列と比較を行った.その結果,10試料中の9試料の配列はニホンイノシシ集団に固有に認められる配列であり,残りの1試料の配列はニホンイノシシ集団と東南アジアの一部の豚に認められる配列であることを確認した.この事実は縄文時代晩期から弥生時代の日本の稲作文化において,大陸産の家畜豚が飼われていなかったことを示唆している.本研究では,さらに縄文時代の遺跡産試料,琉球列島の貝塚時代の試料についても,予察的ながら形態ならびに分子考古学的検討を行ったがすべてが野生イノシシであり家畜豚である事実は得られなかった. 一方,遺跡出土骨の形態学的研究の基礎試料を得るため,日本各地のニホンイノシシ集団の頭骨の形態計測学的研究を行い,野生集団の形態学的特性を主として主因子分析の立場から明らかにした.次に,縄文・弥生遺跡出土ノイノシシならびに古代豚とされる頭蓋の比較形態学的計測を行い,現生ニホンイノシシのデータと比較した.その結果,遺跡出土の試料は,いずれもニホンイノシシの形態変異の範疇に入り,ニホンイノシシと区別する事が出来なかった.これらの一連の事実から,考古学者の一部が主張するいわゆる古代豚というものの存在は否定される結果となった.
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