研究の焦点は、17・18世紀インドが貿易の出超による膨大な銀の流入を享受しながら、それがなぜかえって銀貨単位の多様化をもたらしたのかに当てられた。まず着目したのは銀そのものよりも、同時期に流通が拡大した貝貨流通の地方市場における盛行である。貝貨のような零細額面通貨は定期市(haut)における小農生産物の小口のスポット取引にもっぱら需要があったと考えられる。それに対して市場町(gunge)に倉庫をもつ商人が前貸しをして農民から集荷する場合は商品別に特定の銀貨が用いられる傾向にあった。一方で税金の納付や中央への送金には互換性が高い特定の銀貨が指定された。総じて背後にあるのは貨幣需要の用途ごとの独自の季節性である。貝貨と銀貨、そして銀貨同士ではその需要の波にしたがって相場が絶えず変動していた。 如上の状態はけっしてインドに固有に現れたのではない。20世紀初頭の中国における銅銭と銀、また様々な銀単位貨幣の間の関係は、きわめてこれに近似していた。商品それぞれの取引や納税などに個別の季節性があり、貨幣はそれぞれの需給の変動に柔軟に対応できるようむしろ多様化したのである。17世紀から18世紀にかけて中国とインドが銀を吸収しつづけたのはこうした構造の結果であり、またこの銀の流れなしには近代世界システムも初動しえなかったであろう。
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