研究概要 |
ヒトの学習や記憶が形成されていく過程に,脳内での物質の変化が伴っていることは想像に難くない。その機作は,一時考えられていたような,特定のRNAや蛋白質,ペプチドの新生に帰する試みはあまり成功ではなかった。現在の有力な作業仮説は,シナプス伝達効率の持続的増強に存すると思われる。シナプスを一定刺激後,数分続く短期と,数時間から数日,時に数週間にわたる長期の増強が形成される。とくに,海馬CA1領域に観察される長期増強(LTP)は動物の学習,記憶の基本モデルと考えられている。LTP誘導の分子機構は,前シナプスニューロンから放出されたグルタミン酸が後シナプスニューロンシナプス膜に存在するNMDA受容体を刺激し,Ca^<2+>流入を起こし,上昇したCa^<2+>によってCaMキナーゼII活性化反応が惹起されることによると考えられている。本研究では,LTP誘導における分子機構をさらに分析する目的で,CaMキナーゼII,mitogen-activated protein kinase(MAPキナーゼ)活性化反応の関与を調べた。 1)a)LTP誘導時,カリクリンA感受性プロテインホスファターゼ(PP2A)活性が減少し,Mg^<2+>依存性プロテインホスファターゼ(PP2C)活性は不変であった。b)PP2A調節サブユニットに対する特異的抗体を用いて調べると,55-kDa蛋白質は,PP2A調節サブユニットの一つであるB'αであることがわかった。 2)a)LTP誘導時に,CaMキナーゼIIとMAPキナーゼ活性化反応を観察した。b)カルミダゾリウムを投与すると,LTP誘導およびCaMキナーゼII活性化反応は抑制され,MAPキナーゼ活性化反応は阻害されなかった。以上の結果は,LTP誘導には,CaMキナーゼII活性化反応が相関し,MAPキナーゼ活性化反応が相関しないことを示している。
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