本研究では、抗原受容体多重遺伝子座におけるゲノムの構築原理を明らかにすることを目指し、組み換えシグナル配列の3'末端リン酸化について主に解析した。V(D)J組み換えは、進化の過程で挿入されたトランスポゾンの切り出し反応を利用したものと考えられており、実際in vitroでは、切断を受けた組み換えシグナル配列(RSS)がRAGタンパク質と結合した、いわゆるsignal end(SE)complexにトランスポジション活性のあることが知られている。しかしながら、in vivoでSE complexの転座が生じるとすれば、組み換えの度毎に挿入変異が引き起こされる事になり、生体にとっては極めて有害である。我々は、切断されたRSS、即ちSE DNAの3'-OH末端がRAGタンパク質によりリン酸化されること、更にこのリン酸化がSE complexのトランスポジションをin vivoで抑制する積極的メカニズムとして機能している可能性を提唱してきた。本研究では、まず、この新規なDNAの3'-OH末端リン酸化の反応機構について詳細に解析し、周辺にある核酸の切断端またはnickの位置に見られる3'-リン酸基が、trans-esterificationによりSE DNAの3'-OH端に転移する事を明らかにした。我々は更に、この3'リン酸化がin vivoにおいても生じているかどうかを検討した。3'末端リン基を検出する新しい方法を考案し、マウス新生仔胸腺のT細胞受容体遺伝子Dδ2のRSS切断端をLM-PCRを用いて調べたところ、実際SEの3'-OH端がリン酸化されていることが明らかとなった。これらの研究成果は、V(D)J組み換えがトランスポジション反応を利用しつつ、同時にSE complexの転座は抑制するという、いわば両刃の刃の一方を封じ込める様に機能していることを示すものであり、抗原受容体遺伝子座のゲノム進化を考える上で重要な知見を与えるものである。
|