【背景と目的】病原細菌の遺伝的多様性の解析は細菌の病原体としての特性を理解するためにはきわめて重要である。本研究においては、病原性大腸菌に焦点を絞り、種々の病原性大腸菌の遺伝的多様性をゲノム生物学的な観点から解明することを試みた。 【研究結果】病原性大腸菌O157堺株の全ゲノム配列を決定し、非病原性大腸菌K-12のゲノム配列と比較することによって、大腸菌ゲノムの基本骨格と考えられる4.1Mbの配列を見出すとともに、O157にのみ存在する1.4Mbの配列を同定した。この菌株特異的配列は様々なサイズの断片として染色体上に散在し、その多くが外来性であった。これらの知見から、各種大腸菌の全ゲノム構造を共通のプライマーセットを用いたPCR(whole genome PCR scanning法)によってシステマティックに解析できると考えられた。まず、パイロット試験として、本法を用いた緑膿菌染色体上のピオシン領域(35Kb)の解析を行い、これがゲノムの多様性解析に充分応用できることを確認した。そこで、大腸菌ゲノムを全ゲノムレベルで解析できるプライマーを560組作成し、病原性大腸菌の解析に応用した。本年度は解析対象として、由来の異なる10株のO157を選択し、その解析を行った。プライマーは10-15Kbで設定したため、全ての解析はlong PCR法を用いて行い、PCR産物のサイズ測定もlong gelを使って行った。その結果、O157菌株間には予想以上の多様性(菌株特異的な配列のバリエーション)が存在することが明らかになるとともに、本法によってそのゲノム上の存在部位が容易に同定できることが確認できた。また、XbaI切断パターン(PFGEによる)を基にしたゲノムタイプのクラスターリングの結果と本法によって見出されたゲノム構造のバリエーションの程度には明らかな相関が認められた。完全な解析はまだ終了していないが、今後、今回の解析結果をさらに詳細に検討するとともに、他のタイプの大腸菌の解析を行い、病原性大腸菌ゲノムの多様性の全体像を明らかにしていきたい。
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