腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は長年にわたり日本国内における食中毒原因の上位を占めている。一般に細菌の染色体は1個の環状DNAからなると考えられているが、われわれが腸炎ビブリオの染色体遺伝子地図の作製を行った結果、本菌の染色体は3.2Mbと1.9Mbの2つの環状DNAからなることが明らかになった。本研究では、腸炎ビブリオ近縁の菌種がどこまでこのようなゲノム構造をとっているかについて検討を行った。また、昨年ゲノム配列が報告されたコレラ菌(Vibrio cholerae)と腸炎ビブリオの染色体構造の比較を行った。 腸炎ビブリオに近縁のビブリオ属またはビブリオ科細菌のゲノムDNAについて、制限酵素処理を行わずにパルスフィールド電気泳動を行い、染色体数とサイズを決定した。その結果、検討した範囲においてすべてのビブリオ属細菌は2つの染色体を有していた。ビブリオ属以外の比較的近縁菌としては、Pseudoalteromonas haloplanktisが2つの染色体をもつことが示唆された。また、腸炎ビブリオとコレラ菌の染色体の遺伝子地図を比較した結果、それぞれの菌で大きい方の染色体および小さい方の染色体に存在する遺伝子はほぼ共通していることが示唆された。 今回の結果から、腸炎ビブリオでみられる2つの染色体からなるゲノム構造は系統進化上、ビブリオ属の分岐の頃にできたものであると考えられた。腸炎ビブリオとコレラ菌の大小各染色体上に存在する遺伝子がほぼ共通しているという成績もこのことを支持する。今後より詳細にこれらビブリオ属細菌の染色体構造を比較していくことで、2つの染色体からなるゲノム構造がどのようにして形成されたかについて明らかにしていきたい。
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