病原性結核菌強毒株M.tuberculosis H37Rvの全ゲノム塩基配列が決定されたが、この株は転写開始因子(シグマ因子)が異なる13種のRNAポリメラーゼをもつなど複雑な転写様式をもつ。本研究の目的は、エマージング感染症の一つの原因菌であり、取り扱いが危険なこの結核菌強毒株のプロモーターを、生化学とバイオインフォーマティックスとを総合的に利用することにより、実用的で危険の無い固定化酵素を利用した新手法で探索することである。この研究で得られる結果は結核菌の転写機構の一般的な理解のみに止まらず、現在まだ不明である病原性にかかわる遺伝子の転写機構を明らかにして感染症の制御やワクチン開発の基盤をあたえる意義をもつと同時に、本研究の新手法は他の病原性バクテリアにそのまま利用できる一般性をもつものである。 本年度において、M.tuberculosisのσ70(遺伝子sigA)型のRNAポリメラーゼを大腸菌発現系を用いて精製し、新たに開発したオキシラン系の固定化樹脂(ホロ酵素の吸着がよく、DNAに対して非特異的な結合が少ない)と結合させ、固定化RNAポリメラーゼを調製した。調製した固定化ホロ酵素がプロモーター検索用として有効であるかをsigAの5'上流DNA断片(プロモーターDNA)とsigA内のDNA断片(非プロモーターDNA)を用いて実験を行なった。その結果、この固定化ホロ酵素によりsigAのプロモーターを含むDNA断片からのみ転写産物を得ることができた。現在、調製した固定化ホロ酵素(σ70型)の系で、ゲノムでの出現頻度から設計したプライマーを用いPCRによって構築したM.tuberculosisのゲノムライブラリー用いて、プロモーターのシステマティックな総合的検索を検討中である。
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