微生物において、転写調節系やそれに関連したシグナル伝達系は、生物種間で最も変化が激しいものの一つである。これらを比較ゲノミクスの視点から解析することにより、ゲノムや調節系の進化、様々な外的要因に対する微生物の適応戦略に迫りたいと考えている。まず、大腸菌と枯草菌について、PSI BLASTを中心としたホモロジー検索および文献調査により、DNA結合性の転写因子のリストを作成した。次にこれらの配列をもとにして、全ゲノム配列が明らかとなっている原核微生物のうち代表的なもの14種(上記2種を含む)についてゲノム横断的な転写因子のサーベイと一次構造による分類を行なった。ゲノムサイズが4.6Mの大腸菌K-12株の場合で、230-260種類の転写因子を持つと推定され、そのうち9割以上のものが他の転写因子との間でファミリーを形成していた。ゲノムサイズと転写因子の数との間には明らかな正の相関が見られたものの、ゲノムサイズの減少とともに転写因子の数は急激に減少し、ゲノムサイズが約1.5MのChlamydiaやHelicobacterでは5種類前後であった。またゲノムサイズが0.6MのMycoplasmaは実質的に転写因子を持たないと考えられた。主要な転写因子ファミリーは大腸菌、枯草菌、ラン藻、さらに起源が古いと考えられるThermotogaでも保存されていることから、これらの種が分岐する以前にすでに雛形が存在していたと考えられる。一方、各ファミリーについて一次構造をもとにした系統分析を行なった結果、各ファミリー内で重複によって数を増やしていったのは、主として上記の種が分岐した後、プロテオバクテリア群が分岐をする以前であったと推定された。その後一部のバクテリアは、宿主への依存度が高まるなどの理由で、急速に転写因子を落としていったものと考えられる。 これらの情報科学面からのアプローチに加え、転写因子と相互作用することによって転写の調節に重要な役割を果たす、RNAポリメラーゼαサブユニットのC末端ドメイン、およびσサブユニットのC末端ドメインについて、変異導入による構造-機能相関の解析を行なった。
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