ポストゲノム時代をむかえ、生命分子ネットワークの全容理解が叫ばれている。生命は単純で均一な要素が関連するのではなく、多様性をもつヘテロな要素が選択的に相互作用するシステムである。人工物システムとは根本的に設計の方法が異なると思われるが、その設計原理をどのように理解するのかについての方法論がない。本研究では遺伝子発現調節、代謝、細胞分裂などに対してシステム工学の視点から解析を行うことによって、生命の設計原理を解明を試みた。 生命システムを分子レベルで高速にシミュレートする方法として、(1)2相分離計算法を開発し、それを用いて、(2)大腸菌熱ショック応答の制御のロバスト性について解析した。(1)生命の分子間ネットワークは化学反応式で記述することができるが、それらは分子同士の結合とその複合体の反応と分けて考えることができる。ここでは、結合相と反応相に分離して、前者を代数方程式、後者を微分方程式で記述することによって高速計算を可能にした。(2)ヘテロかつ複雑な相互作用で絡みあう生命システムをどのように再構成し、解析するのであろうか。複雑性は全体からサブシステムを分離することを難しくしているように見える。しかし、大腸菌熱ショック応答をモデル化することによって、制御の複雑性がサブシステム間のロバスト性を向上させることを明らかにした。制御理論を用いた生命システムの解明は現在CALTECHのJOHN DOYLE教授と共同研究として進めている。 生命システムはロバスト性のおかげで、環境変化、内部の遺伝子変異に対して抵抗性をもつことの他に、他のサブシステムからの干渉を受けても、目的の仕事を行うことを保証することができる。本研究のように生命システムの設計原理を解明することは、還元的な分子生物学でなく、生命を合成するシステム工学、そして、生命のComputer-Simulation-Aided Designと呼ばれる分野を誕生させるであろう。生命の設計原理が解明されれば、人工物の設計、特に複雑で巨大なシステムの設計、に新規な概念を与えることが期待された。
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