神経細胞はその標的細胞の方に軸策を伸ばし、正しい標的を認識して、そこにシナプスと呼ばれる構造を形成する。この、神経細胞が情報を伝え合う場となる、シナプスが、どのようにして出来上がっていくのか、その分子機構を明らかにすることを目的として、研究を進めている。近年、シナプス形成過程を調節する因子として、標的細胞由来の因子が重要な働きをしている可能性が示されている。標的細胞内でどのようなシグナル伝達系が働いて、シナプス形成を調節する因子が産生されるのか、また、シナプス形成を調節する因子のひとつの候補として細胞膜結合タンパク質の可能性を考え研究を開始した。実験系としては、比較的単純で、かつ、豊富な分子生物学的手法が利用できるショウジョウバエ胚・幼虫の神経・筋接合系を使用した。標的細胞内の分子を操作して、その影響を見る良い実験系として、同じ神経細胞がシナプスを作っている、隣り合う二つの筋肉細胞の一方のみ、遺伝子発現を容易に操作できる実験系を確立し、標的由来因子によるシナプス形成への影響を検討した。まず、標的細胞内のCaMKIIの活性化により、シナプス形成がどのように変化するか検討した。後シナプス電流をパッチクランプ法により測定し、シナプス伝達の変化を指標にした。その結果、孵化後3時間以内の幼虫ではCaMKII活性化により、シナプス伝達の促進が見られた。このシナプス伝達の変化はシナプス前細胞の変化によるもので、逆行性因子を介していることが、明らかになった。さらに、孵化後5時間以上経過した幼虫では逆に、シナプス伝達が抑制されていた。以上の結果は、シナプス後細胞内のCaMKII活性化はシナプス形成初期過程に必要であるが、初期過程終了後には不活化される必要があることを示唆している。さらに、CaMKIIの下流因子の候補の一つである、細胞膜結合蛋白質の関与について検討する予定である。
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