研究概要 |
求核性有機金属化合物は,有機溶媒中で複数の金属カチオンとカルバニオンを含む平衡状態にある会合種を形成しており,このようなクラスター性有機金属化合物の反応機構は複雑を極める.これら有機金属会合種の反応挙動を計算化学的な手法を用いて理解し,その知見をいかした新規合成反応の開発を行った. その成果を列挙する. (1)アリル金属化合物のビニル金属化合物への付加反応(Gaudemer / Normantカップリング反応)は,カルバニオン種のカルバニオン種への付加反応であり,"異常な"有機反応であり,発見以来30年もの間,反応機構が不明であった.大規模なabinitio計算と密度汎関数計算による反応経路の検討の結果,本反応が有機金属会合種の形成を鍵として進行することが明らかとなった.またここで鍵元素として働く亜鉛元素と合成化学的に重要な銅元素との,分子軌道レベルでのそれぞれの機能の違いを検討し,d軌道の働きに帰着ができることを明らかにすることが出来た. (2)上述の理論研究の成果を基に,有機亜鉛試薬のビニルホウ酸エステルへの効率的な付加反応を開発することが出来た.従来,有機金属試薬の付加による炭素ム炭素結合生成反応には適さないと考えられてきたビニルホウ酸エステルに対し,アリル亜鉛試薬が効率的に付加することを見いだした.本反応では,同一炭素上にホウ素と亜鉛を有する二核金属種が高収率で得られる.引き続く化学変換反応の検討によって,汎用性に優れるビニルホウ酸エステル類の新たな合成的有用性を示すことが出来た.また,シクロプロペノンアセタールのような歪みオレフィンへの有機マグネシウム化合物,および有機亜鉛化合物の付加反応において鉄塩がよい触媒となることを見いだし,光学活性リン配位子との組み合わせにより,触媒的不斉カルボ亜鉛化反応へと展開することが出来た.精密有機合成化学における鉄触媒の新たな可能性を示す研究であると考えている. (3)ビラジカル活性種であるトリメチレンメタンの合成反応への応用を目指した研究の中で,元来反応性に乏しいジアルキル亜鉛試薬が開殻系活性種であるトリメチレンメタンに速やかに付加し,アリル亜鉛試薬が生成することを見いだすことが出来た.反応系中にカルボニル化合物などの求電子的な基質を共存させることでone-potでの三成分連結反応が可能になった.有機金属試薬とラジカル活性種の新たな組み合わせによる合成手法を提示するものである.
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