研究概要 |
高等哺乳動物の内耳蝸牛における内リンパ液電位(EndocochlearPoteitial ; EP)とは、内耳蝸牛管内の内リンパ液が、その外側にある外リンパ液に対して示す直流電圧であり,これが聴覚の成立に必要不可欠であることが知られている。一方,この内リンパ液電位が如何にして生成、維持されるかの詳細については未だほとんど未解明である。ギャップジャンクションの構成要素であるConnexin26(Cx26)は、ヒト非症候群性難聴DFNA3、DFNB1の原因遺伝子として知られているが、蝸牛ラセン靱帯FibrocyteにおいてBrn-4と供に内リンパ液電位を生成する機構の不可欠の要素であると考えられる。新しい技術であるConditional-Gene-Targeting法をマウスConnexin26遺伝子に応用する事により、ヒト難聴DFNA3、DFNB1のモデルマウスを樹立し、これを用いて、内リンパ液電位の起源におけるラセン靱帯Fibrocyteの機能と、その機能におけるBrn-4とConnexin26の関係を理解する事が本研究の目的である。 実施した内容とその結果は以下のようである。 (1)標的遺伝子組み換え法により,Connexin26遺伝子のSilent-Allele即ちPファージ由来の配列であるIoxP配列を含み,Cre酵素の非存在下では,正常な機能を保つalleleを持つマウスを作成した。Connexin26遺伝子欠損変異体は、胎生期に致死である事が知られており、Cre酵素の存在下で初めて欠損するConditional-Alleleを持つ事が、生きた産子を得るためには不可欠である。交配により,このSilent-alleleをホモに持つマウスを作製し,正常に発生発達することが確認された。 (2)Pファージ由来の配列であるIoxP配列を特異的に認識し,組換えを触媒する酵素Creの遺伝子をBrn-4 locusにKnock-inする事を計画した。方法は置換型ベクターによる標的遺伝子組み換え法による。内耳におけるBrn-4の発現は,Connexin26の発現領域と良く一致しているので,ラセン靱帯Fibrocyteで選択的にCre酵素を発現するマウスを得る事ができると考えられる。 (3)PO-promoter-Cre遺伝子をtransgeneとして持つtransgenicマウスを導入した。PO蛋白は、マウス胚発生の中期から出生にかけて、耳胞、聴覚器に発現するので、聴覚器の細胞に広範にCre酵素を発現するマウスを得る事ができると考えらる。 (4)Connexin26 Silent alleleのホモ接合体マウス(Cx26-conditional-KOマウス)と,Brn-4-Cre Knock-inマウスおよびPO-Cre transgenicマウスをかけあわせ、ラセン靱帯Fibrocyteでの選択的な、又は内耳蝸牛全体にConnexin26欠損を誘導する事を試みた。Cx26-conditional-KOマウスとPO-Creマウスの掛け合わせにより、実際に産子が得られ、それらについて聴性脳幹反応(ABR)の測定を行った。Cx26-Silent-Allele : E/PO-Cre+のマウスは、ABRの測定により、正常聴力と判断されたのに対し、Cx26-Silent-Allele : O/PO-Cre+のマウスは、高度難聴であった。このことは、内耳におけるCx26がヒトの場合と同様にマウス聴覚の成立に不可欠である事を示しており、Cx26-conditional-KOマウスがヒトDFNB1のモデルとなる可能性を示唆している。更に、このマウスを用いて、形態学的、生理学的解析を組み合わせて適用すれば、EP生成におけるCx26の役割を解明するための最適なシステムを構築できる事が期待される。
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