研究概要 |
中国チベット高原では,CO_2やO_2の量が低地の60〜70%,日射量が同緯度の低地の1.5倍程度の標高3500〜4000mの高地で,ムギ類,バレイショ,トウモロコシを中心とした作物が栽培されている.このような特異的な環境条件下における作物の光合成と物質生産の実態を明らかにし,また現在予想されている地球規模でのCO_2濃度の上昇の影響を実験的に推定することを目的として、チベット高原南部のラサ市郊外の河谷部に設置されている中国科学院ラサ農業生態試験所の圃場(標高3700m)に,上部開放型の小ハウス内でCO_2濃度の増加区(通常の1.55倍の濃度)と普通区を設けて春播きコムギの在来品種を栽培し,光合成速度,乾物生産および子実収量に及ぼすCO_2濃度の影響を調査した.生育期間中の平均純光合成速度はCO_2濃度の増加によって上昇し,普通区では19.5μmol m^<-2>sec^<-1>であったのに対して,増加区では26.9μmol m^<-2>sec^<-1>であった.しかし,出穂期の全乾物重と収穫期の子実収量における両区間の差異は小さく,それぞれ1401〜1472gm^<-2>と610〜702gm^<-2>であった.この理由として,増加区では普通区に比べて分げつの発生数は多かったが,窒素欠乏のために出穂期までの分けつの枯死率が高く,また出穂期以降における葉の老化が早かったために,光合成速度の上昇が乾物生産および子実収量の増加に寄与しなかったものと推察した.これらの結果から,チベット地域における子実収量の主たる限定要因は,CO_2濃度の低さではなく,土壌中の養分量の少なさであることが示唆された.今後の地球規模でのCO_2濃度の上昇に対してチベット地域でのコムギの子実収量を維持,増加させるためには,施肥方法の改良が必要であると推察した.
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