本研究では、宗密の現存する全著述にわたって彼の三教論に関する記述を調査し、『円覚経大疏』『円覚経大疏釈義鈔』から「原人論」へと集約されるその議論を報告書にとりまとめた。目次は次のようである。序-「原人論」における三教論。1、「一心」と「一気」。2、儒道二教批判(其の一)-『円覚経』普眼章法空門疏鈔。3、儒道二教批判(其の二)-『円覚経』弥勒章業報門疏鈔。4、一気(元気)批判とその周辺。結びにかえて-「原人論・会通本末篇」の検討。これによって、おおよそ以下のようなことを指摘した。宗密は仏教主体の三教一致論を提示し、仏教の宗本たる「一心」に対して、儒道二教の本源を「一気」にまとめ、一心のうちに一気を包摂しようとする。その場合まず、儒道二教の万物生成論(虚無大道・天地・自然・元気)をとりあげ、仏教の因縁にもとづいて、法空や業報を理解せず矛盾を生じていると批判する。ついで、気についてはこれを物質的な元素として意味を限定したうえで、一気から形身と天地世界が生成される過程を、一心における三細六麁の展開過程に組みいれている。これは、澄観によって示唆されていた論点をふまえながら、宗密自身の教学にもとづいてまとめたものである。いうまでもなく、このような議論においては理論的な不整合はまぬがれがたい。しかし、宗密は、六朝以来の神不滅論を継承しながら、それを一心の立場から再構築し、心識(神)と形身の関係、迷いの心識(神)から絶対的な霊性(一心)への展開過程などを明らかにしているのである。神不滅論における「神」と「形」を、「一心」と「一気」に変換し、後世の三教論にたいして新たな枠組みを提供していると言えよう。
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