研究概要 |
アリストテレース『詩学』を一貫した芸術論ととらえ、芸術を彼の哲学体系に正当に位置づけることが、本研究の目的であった。 まず、第9章に展開される詩作と歴史の比較論を出発点として、詩作を貫き詩作を歴史から区別する根拠としての因果性が、経験世界にしばしば認められる因果性といかに等しくいかに異なるかを明らかにすることを目的として研究を進めた。 その結果、この問題と最も密接に関連する第13章の「過ち」の考察から、悲劇の機能について結論を得ることができた。すなわち、悲劇の主人公はアリストテレースによれば、或る「過ち」ゆえに不幸に陥るが、他方それは悪漢の場合と違って、当然の報いとしてそうなるわけではない。この一見矛盾する二律は、我々の理解によれば、アリストテレースの矛盾にではなく、言動にあたって未来を予測することを求められるが、しかし完全には予測しきれない人間存在の根源的限定性に帰されるべきである。なぜなら、言動の瞬間における行為者は、それが過ちであるか否かを知ることができず、結果から遡ってしか、言動の当否は知り得ないという意味で、未来を完全に予測することができないが、他方、結果から遡るに際しては因果の系列を辿ることができたという意味で、当の言動と結果とは必然的ないし蓋然的に結ばれていると考え得るからである。 関連する因子を限定しつつ、そのことを見えやすい角度から示すのが悲劇である。拡張して言えば現実世界に働く因果性を明確な姿で提示するのが、芸術の機能である。 次に「カタルシス」問題に立ち戻り,上の存在論的理解がこの問題にいかなるかかわりを持つかを再考した.その結果,των τοιουτων μαθηματων καθαρσινの読みを採用すべきことが確証された.
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