研究概要 |
本研究は,(1)反復盲,(2)負のプライミング,(3)指示忘却という3種の記憶現象を取り上げ,発達段階の異なる健常者群,および,障害の性質や度合いの異なる患者群を対象に,これらの現象がどのように出現するかを検討した.理論的検討においては,3種の現象に対応する検査課題を設け,課題間で遂行の差を吟味するという本研究のアプローチによって,抑制処理のどのような側面を明らかにできるのかを考察した.その結果,従来は単一の現象として扱われてきた抑制処理は,(1)行動指標,(2)被験者の抑制意図,(3)不適切情報の活性化という3つの次元から異なる3つの水準に分解でき,それぞれの水準が,本研究で検討の対象となる3種の記憶現象に対応するという理論的枠組みを提起した.実験的検討においては,健常大学生を被験者とした実験を行い,3種の抑制現象が頑健に出現し得るような実験材料と手続きの確定を試みた.さらに児童を対象とした実験では,注意に問題があると評定された児童群と,そうでない児童群との間で,どのような種類の検査課題において遂行に差が生じるかを検討した.この結果,意図的抑制を要求する課題,ならびに,注意の持続を要求する課題を実施した場合に,特に低・中学年の発達段階で,注意問題児童は遂行が劣ることが判明した.前頭葉障害が指摘される患者群を対象とした実験では,フランカー課題とモダリティ間干渉課題を実施した.この結果,前頭葉損傷患者は健常統制群に比べ,負のプライミング効果がより出現しにくかったのに対し,干渉効果は同程度に確認された.コルサコフ症候群は,反応時間全体が顕著に低下していたものの,負のプライミングと干渉の両効果とも有意に出現していた.以上のような実証的検討により,本研究の中で開発された検査課題は,健常児における抑制機能の発達的推移,あるいは,前頭葉損傷やコルサコフ症候群に認められる抑制機能障害を査定するために有効であることが示唆された.
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