金融機関の経営安定化のためめ公的資金注入に関しては、大別すると公的資金注入による経営改善効果の問題と、利害関係者の富(厚生)の水準に与える影響の問題がある。この2つの問題のうち、これまでは、主として前者に関する研究が多く見られるのに対し、後者に関しては理論的・実証的研究は少ないように思われる。本研究は、この後者に関連する研究である。 1999年3月に行われた、銀行に対する公的資金注入が、利害関係者、具体的には優先株主と普通株主とに与えた影響を、転換型優先株の価値をオプション評価モデルに基づいて計量的に推計することにより、公的資金が注入された代表的な銀行を対象として、実証的に検証した。転換型優先株と非転換型優先株の評価モデルを連立させて推計した、優先株配当の流列の割引率を利用している点等が、計測上の主な工夫である。 推計の結果、2000年末から転換型優先株として預金保険機構に引き受けられた公的資金が実質含み損を生じていることが判明した。これは、予想していた転換価格の下限(フロアー)を超えて株価が下落したことによってもたらされたものであり、注入時の優先株の条件設定上および株価予測上のミスであると考えられる。 推計結果を利害関係者間の富の移転の観点から見ると、2000年末頃から、転換型優先株の保有者から普通株主への富の流れがあったと考えることができる。公的資金のもともとの拠出者は国民であるということを考慮すると、このような富の移転は国民経済的には看過できるものではない。想定されたスピードで金融制度環境の変化が進展しなかったため、破たん金融機関の整理そのものは分析するに至らなかったが、この分析の枠組みは、データさえそろう状況になれば、破綻金融機関の分析にも適用できるはずである。
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