研究概要 |
南極昭和基地周辺に分布する全蘚類,特に湖沼中に見られる水生蘚類を中心に,生育環境,形態的多様性,堆積物解析からの湖沼の古環境復元,rbcL, rps4,ITSの3遺伝子による分子系統などから,南極陸上生態系の変遷史とその流れの中での蘚類の遺伝的多様性,分布の起源を明らかにした. 湖沼底の水温は夏期には7度ほどにもなり,極夜期にも4度を保っていた.この地域では積雪が少ないため,水中照度も10月から4月にかけては光合成に十分な太陽光が透過する.塩分濃度は湖沼間で大きな開きがあり,栄養塩類は極めて乏しい. 湖沼の生物相の特徴は,わずかな微細藻類がプランクトンとして検出されるが,ほとんどは湖沼底にベントスとして生育している点であった.生物量のほとんどは糸状の藍藻類で占められ,これに単純な体制の緑藻と珪藻類が加わる.これらが砂礫と共に積み重なった堆積物を生物・地学の両側面から詳しく分析することで,湖沼の成立年代,環境の変遷などの情報を解析し,湖沼の古環境復元を行った. 昭和基地周辺の湖沼から報告されているBryum(ハリガネゴケ属)とLeptobryum(ナシゴケ属)に属する2種の蘚類の分類学的位置を遺伝子解析によって求めたところ,Bryumについては,湖沼周辺の陸上にもっとも優占するBryum pseudotriquetrumが水中化したものと考えられたが,そもそも南極のサンプルにはB.pseudotriquetrumの名をあてるのは妥当ではなく,むしろ南極半島にまで分布するとされるB.pallescensに近縁であることが示された.Leptobryum sp.については,南極昭和基地周辺の水生のLeptobryum sp.は,世界中に分布するL.pyriformeの変異幅に含まれることになり,L.pyriformeとして扱うのが妥当であることが示唆された.両種とも,世界広汎種として認識されている種であることは,南極フロラの起源を考える上で極めて興味深い.
|