研究概要 |
ヒトの特徴である直立二足性に関する研究は,人類学において基本的重要性をもつものと思われる。ヒトが四足歩行から二足歩行に進化する過程において,脊柱の形態はS字カーブのように変化したが,脊柱を構成するひとつひとつの椎骨もそれに伴って,変化したことが想像される(葉山,1986)。しかしながら,直立二足姿勢をとったときに脊柱にかかる負荷に対して,ヒトの椎骨の形状がどのように適応変形したかについて,まだ詳細に解明されていない。これまで脊柱二足適応の解析の多くは,ヒトと霊長類との比較形態学的研究,運動学的研究を中心に行われてきた。しかし,二足適応のメカニズムを詳細に知るためには,前述のようなアプローチの方法ばかりではなく,遺伝的に統制された動物を用いて実験的研究を行う必要があると考えられる。二足動物に閧する先駆的な研究としてはイヌ(Fuld,1901)やラット(Colton,1929)やヤギ(Slijper,1942)などがあげられる。その後,多くの研究者が二足性の動物モデルを用いた実験形態学的な手法により,二足立位行動をとることによって,生ずる力学的環境の変化が下肢骨,脊柱,頭蓋などに及ぼす影響を調べようと試みてきた。一方,二足姿勢が頚椎から腰椎にわたる椎骨の形態に及ぼす影響に関しては,ほとんど行なわれていない。本研究の目的は,以上のことを踏まえ,力学的な手法と動物実験の手法を用いて,ヒトの椎骨の連続的な形態変化を直立二足歩行による力学的作用との閧連から解析を進め,ヒトと他の喃乳類のなかでの種間の差について,椎骨の形態変化に基づいて考察していくことである。解析に用いた資料は現代日本人男女各26個体,チンパンジー(Pan troglodytesメス)6個体,ニホンザル(Macaca fuscataオス)30個体,ニホンカモシカ(Capricornis crispusメス,成獣)6個体である。更に,成長期Sprague-Dawley系オスラット,実験群9個体と対照群8個体について,二足起立運動負荷が椎体の形態に対する影響を調べた。直立二足姿勢と関連する特徴は,(1)断面積(A)と左右方向の断面2次モーメント(I_x)は腰椎部において,著しく増加する。(2)前後方向の断面2次モーメント(I_y)は頚椎から最終腰椎まで徐々に増加し,最終腰椎で最大となる。(3)最大主断面2次モーメント(I_<max>)は第10胸椎から最終腰椎まで著しく増加する・(4)最小主断面2次モーメント(I_<min>)は頚椎から最終腰椎まで徐々に増加する。(5)断面2次極モーメント(I_p)は第11胸椎から最終腰椎まで強い増加が見られる。(6)断面示数(SI)は頚椎と腰椎部では円形から楕円形に変化していく傾向がある。(7)いずれの値も習慣性直立二足歩行姿勢をとるヒトの方が明らかに大きい。 以上からヒトの腰椎部は他の動物と比べ,かなり頑丈であり,特に左右方向の曲げに対して強いということが明らかになった。
|