研究概要 |
高齢社会において健康で豊かな社会を築いてゆくために,いわゆる老化による身体機能低下を工学的に把握することは重要な課題である。本研究では,神経回路網を備えた歩行モデルを導入し,年齢に伴う身体機能の変化による歩行異常の発生メカニズムの生体力学的解析をめざす。特に身体機能の低下として「拘縮(関節運動範囲の減少)」を取り上げる。まず,拘縮を数理的に取り扱うために,関節の解剖学的構造を考慮した機構学的モデルを構築した。このモデルに基づいて,10〜75歳の健常男性87名の下肢関節可動域を計測分析した。その結果,膝関節の可動域は年齢に無関係にほぼ一定の値を示すが,股関節の可動域は年齢とともに狭まることが明かとなった。また,二関節筋であるハムストリングス,大腿直筋,腓腹筋の年齢に伴う短縮の可能性が示唆された。次いで,起立面の傾斜に対する姿勢変化と関節可動域との関連を検討した。傾斜が足関節背屈の限界に至るまで,15〜29歳の青年群と60〜75歳の高齢群はいずれも足関節背屈のみで対応した。それ以上の傾斜では股あるいは股・膝関節を屈曲させて対応していた。しかしながら,いずれの姿勢変化パターンを取るかを関節可動域から推測することは困難であり,筋力などの他の要因の関与が予想された。さらに,長谷らが開発した神経回路網と筋骨格系からなる歩行シミュレータを用い,下肢関節が前出の2群と同じ関節可動域を持つ場合のシミュレーションを試みたが,両群の歩行パターンには大きな相違が認められなかった。これは,利用した筋骨格モデルの骨盤や腰椎などが股関節可動域の低下に対する補償機構として機能し,歩行パターンに変化をもたらさなかったものと推察させた。今後,ヒトの筋骨格系を精密に再現するこのシミュレータを利用し,補償機構の関与程度や筋力や筋の力学的特性などの関節可動域以外の歩行への影響を追求してゆく予定である。
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