研究概要 |
本年度は,把持運動における視覚的予測と運動計画に関する研究として,予測的粘弾性調節メカニズムを用いた学習制御モデルの生理学的妥当性の実験的検証,および把持運動と到達運動の動的相互作用に関する計算論的アプローチの2テーマについて研究を行った.以下に研究成果の概要を報告する. 1.予測的粘弾性調節メカニズムを用いた学習制御モデルの実験的検証 人の視覚・運動制御系における制御ループの時間遅れが大きいため,単純なフィードバック制御では正確に運動することができない.このため,内部モデルを用いたフィードフォワード制御や予測のメカニズムが必要不可欠である.さらに,運動タスクを巧みに実行するためには,対象物との動的相互作用を考慮して腕の柔らかさ(粘弾性)などを適切に調節する必要がある.この観点から,腕の粘弾性の予測的調節メカニズム,および順モデルと逆モデルを持つ学習制御モデルを構築した.この学習制御モデルの人の運動制御メカニズムとしての妥当性を検証するために,腕の運動計測結果と学習制御モデルを用いたシミュレーション結果を比較検討した.この結果,シミュレーションにより,学習前および学習後の腕の運動が見事に再現できることを示し,我々が構築した予測的粘弾性調節メカニズムをもつ学習制御モデルの妥当性を実験的に確かめた.さらに,本研究により,運動中の手先に与えられる負荷(対象物把持等)は逆モデルではなく,順モデルで補償していることも明らかになった.これらの結果は人の運動学習メカニズムを解明する上で非常に重要な結果である. 2.把持運動と到達運動の動的相互作用 従来より,対象物の視覚情報を操作することにより,把持運動(手の運動)と到達運動(腕の運動)の相互作用について様々な観点から調べられてきた.しかし,これらの研究により明らかにされた相互作用には対象物認識などの視覚情報処理が含まれており,制御系間の相互作用について明らかにされてこなかった.この観点からHaggerdらは運動中の腕に力学的外乱を与えることにより,到達運動から把持運動への影響について詳細に調べた.しかし,把持運動から到達運動への影響については調べられていない.この観点から,本研究では,運動中の指先に力学的外乱を与えることにより,把持運動から到達運動への影響について詳細に調べた.この結果,運動中間付近までに与えられた外乱は到達運動に影響を及ぼさなかった.この結果は把持運動から到達運動への影響無いとする。Aribiらの仮説と一致している.しかし,運動後半に与えられた外乱は到達運動に影響を及ぼした.この事実は把持運動メカニズムの計算モデルを構築する上で非常に重要な結果である.
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