研究概要 |
当該研究期間の研究実績を以下にまとめる。 1)キトサン・ヨウ素(ChI)錯体の錯形成機構およびその特異な分子特性の解明を目的に、ChI錯体の分光特性および構造等の物理化学的特性に及ぼすキトサンの脱アセチル化度(DDA)および分子量効果、ならびに反応試剤の濃度依存性を検討した。また、多糖の化学構造とそのヨウ素錯体の特性との相関性を究明するため、ChI錯体と比較して、水溶性N-メチル化キトサン(NMCh)、アミロース(Am)、およびセルロース(Ceのヨウ素錯体の性質について調べた。そして、ChI錯体に対する生理活性試験として、抗菌試験と創傷治癒効果に対する関連試験を行った。 2)本研究では、重量平均分子量Mw 11,000(DDA98%)のキトサン(Ch)を中心に、DDA=35,44,49,59,73,89,98%,Mw=6500,11000,13800,25200のChを使用した。ChIおよびNMChI錯体は我々が開発した凍結解凍法により調製した。また、CeI錯体は過剰なZnCl_2存在下で室温にて調製した。 3)ChI錯体の酢酸buffer溶液(pH4)の分光特性として、以下の知見を得た:(1)キトサンの鎖長によらず、錯体は500.600mm付近に特性吸収帯とそれに対応する短波長から長波長へ正負に分離したCD帯を持つ;(2)共鳴ラマン測定から、錯体の呈色に関わる結合ヨウ素種はI_3である;(3)NMR測定から、Chのグルコサミン残基の結合ヨウ素との相互作用部位は、C-1,C-3,C-4の水酸基であることが分かった。 4)錯形成にはCh鎖として約50%以上のDDAが必要であり、また分子量の増加に伴い、深色移動および深色効果が観測された。 5)ChIの錯形成に、Chの分子特性(DDA、分子量、側鎖化学種)によらず大きな熱履歴挙動が観測されたが、AmI錯体およびCeI錯体には観測されなかった。 6)溶液小角X線(SAXS)散乱による構造研究より、ChIの錯形成は、ヨウ素・Ch濃度の増加に伴って非化学量論的にChの分子間水素結合ネットワークからなる凝集構造の成長を起し、ヨウ素の規則的配列構造を形成するとともに、呈色能の増加を誘引すると示唆された。 7)分子動力学的予測より、糖鎖構造と熱履歴挙動との関係は、糖鎖の分子特性、すなわち、「Ch鎖はEnergy Surfaceが不連続なため伸長構造と折れ畳み構造の間には不可逆性が存在し、一方、Am鎖は、ラセン構造を底としたダウンヒル状のEnergy Surfaceをしている」ことに基づくと示唆された。ただし、Ch鎖と同じ分子特性をもつと予想されるCe鎖がCh鎖と異なり、熱履歴現象が観測されない理由は、Ce鎖とZnCl_2クラスターとの間に働く強い相互作用により、Ce鎖の構造転移が抑制されたため」と推察された。 8)生理活性試験として、大腸菌に対する抗菌試験とNIH/3T3細胞(マウスの正常線維芽細胞)に対する創傷治癒効果に対する関連試験を行った。現時点までに得られた結果に関する限り、ChIおよびNMChI錯体の生理活性の向上、有効性・特異性を見出すことは出来なかった。現在、腫瘍増殖抑制効果を検討中である。 以上の結果は、論文4報(うち投稿中2報)、Proceedings2報、および国内外の学会発表20件で報告した。本件急の成果として、特異な性質を持つキトサンの分子特性の発見は、今後、他の多くの天然複合多糖類およびその関連物質の新たな機能発現の発見・応用に対する研究を誘発し、その進展に貢献するものと確信する。
|