有機溶剤乱用により生じる精神依存が、ドパミンニューロンの神経伝達変化と深く関わっていることから、そのメカニズムのなかのcAMP response element(CRE)に結合する転写因子であるCRE-binding protein(CREB)のリン酸化に着目し、免疫組織学的手法を用いて中枢神経系における有機溶剤依存のメカニズムを検索した。実験は、ラットに3時間トルエンを吸入曝露させた急性曝露群と2週間連続の慢性曝露群を作製し、抗CREB抗体と抗リン酸化CREB抗体を用いた免疫組織化学法(ABC法)を行い、光学顕微鏡を用いて観察し対照群と比較した。トルエン曝露群においては、対照群に比してリン酸化CREB免疫反応が、主に神経細胞核に限局して増強する傾向を認めた。リン酸化CREB免疫陽性細胞は、嗅皮質、前頭皮質、帯状回皮質、側頭葉皮質、海馬の一部などに有意に分布していた。さらに、慢性曝露群においても、嗅皮質、帯状回皮質、海馬の一部で同様の傾向が認められた。また、慢性曝露群においてリン酸化CREBは有機溶剤吸引群でその免疫陽性細胞の数が増加していたが統計学的な有意差を認めるには至っていない。しかしながら、これらの発現部位が中脳辺縁系に投射し精神依存に関与しているとされるドーパミンA10ニューロンの分布に合致することから、有機溶剤による依存の形成にCREBのリン酸化というステップが大きく関与していることが明らかになった。
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