研究概要 |
本研究の目的は,小学校高学年での指導の下での,子どもの比例的推論の変容の質とメカニズムを捉えることである。変容は,長期と短期の両面から捉えることを行った。 5学年の1年を通して,3回に渡って,異なる小学校の3クラスの子どもに対して比例の問題の調査を行った。子どもは,倍比例や帰一法といった乗除ベースの方略を使うようになり,その一方で,ビルドアップや単位という加法的操作が中心となる方略を使わなくなった。また,クラスによる違いも分かってきた。あるクラスでは,子どもは有意味で多様な方略を使うようになっていた。 そのクラスは,事例研究の対象として更なる考察を行った。ここでは,子どもの変容と,授業で導入されたり扱われたりした数学的表記との関わりを1つの焦点とし,以下の問いを探求した (i)子どもの比例的推論の変容に重要な関わりを持つ数学的表記は何か。 (ii)その数学的表記は,授業でどのように現われ,子どもの変容に重要な関わりを持つようになるのか。 この目的に対し,「数学的表記の内化」の枠組みを用いて,「単位量あたりの大きさ」の授業下での5名の注目児童の分析を行った。「数学的表記の内化」の枠組みとは,子どもによる表記の使用の発達を,「初期の使用」「基準の構築」「目的的使用」の3つの相から捉えるものである。 指導の前後に行った調査の結果からは,児童が多くの同一問題で,思考方略を変容させていること,更に,児童がかき表す特定の表記がそこに重要な仕方で関わっていることがわかった。11時間にわたる「単位量あたりの大きさ」の指導中の考察からは,個々の児童が,授業で学ぶ様々な方法や数学的表記を積極的に自分の中に取り込んだり,修正や創造をしたりすることによって認知的変容を遂げるという変容のメカニズムの一端が示された。児童は,対象とする数学的表記に違いはあるものの,一人ひとりが授業で出会う表記に対する意味付けを変化させていた。彼らは,自分の認知的状況や算数の学習に対する構えに支えられ,特定の表記に関心を持ち,積極的に関与していた。更に,児童の変容には,授業における私的な場面と公的な場面の両者が関わっていた。私的な場面で児童のうちにある表記への意味づけが,公的な場面で問い直され,見直されて,それが次の私的な場面へと持ち込まれるというプロセスが繰り返された。 得られた結果に基づき,指導に対する示唆とともに,「単位量あたりの大きさ」と「比例」の指導単元のデザインを提案した。今後の課題も明確にした。
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