研究概要 |
嗅覚受容体遺伝子は、マウスにおいて一千種類に及ぶ多重遺伝子系を形成し、複数の染色体上に数十のクラスターをなして存在する。個々の嗅細胞はこれら受容体遺伝子群の中から一種類のみを選び、然も、一方の対立形質のみを選択して発現している。また嗅細胞は嗅球への投射に際して、発現する嗅覚受容体に対応して、約二千個ある糸球と呼ばれる投射先の中から、特定の2つを選んでその軸索を伸長する。私共のグループでは、嗅覚受容体遺伝子の発現制御のメカニズムを解明する為、IRES(internal ribosome entry site)を介してtau-lacZ遺伝子で標識した嗅覚受容体遺伝子MOR28を持つトランスジェニックマウスを作製し、その発現に成功した(Nat. Neurosci.3,687-693,2000)。また、ノックインの手法を用いて、IRES-gap-GFP遺伝子により内在性MOR28遺伝子を標識し、外から導入されたM0R28トランスジーンと、それに対応する内在性の遺伝子との間で相互排他的発現を確認した。更に、GFP遺伝子とlacZ遺伝子で別々に標識した、2種類のMOR28遺伝子の発現をトランスジェニック系で解析したところ、それぞれが異なる嗅細胞で相互排他的に発現することが示された。これは、対立形質の関係にない状況においても、同一遺伝子間の相互排除が見られることを実験的に示した最初の例として注目された。本研究では更に、外来性及び内在性のMOR28遺伝子がそれぞれtau-lacZとgap-GFP遺伝子により標識されたマウスを詳細に解析した結果、外来性または内在性の遺伝子を発現する嗅細胞の投射先は隣接しているが異なる糸球であること、並びに、それぞれの遺伝子を発現する嗅細胞の軸索の選別と収瞼はpathfindingの過程ではなく、糸球構造の形成に伴って生じることが明らかとなった(Genes Cells6,71,2001;NeuroReport12,1061,2001)。最近、マウスとヒトのゲノムプロジェクトにおいて、MOR28及びそのヒトortholog遺伝子クラスター領域に関するDNA塩基配列がそれぞれ決定され、私共の解析により、MOR28遺伝子の転写開始点上流約70kbに、唯一、双方で相同性の高い2kbの領域が同定された。今後、MOR28遺伝子の上流に存在する2kbの相同性領域を欠失させることにより、このクラスター内の受容体遺伝子群の発現がどの様になるかを検討する予定である。もしこのクラスターに属する受容体遺伝子群の発現が同時に消失すれば、それらの発現がクラスターのレベルで制御されており、一つの受容体遺伝子が選択される前に、一つのクラスターが選択される可能性を示唆するものとして大変興味深い。
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