研究概要 |
本研究は酵素が実際に反応している状況で酵素分子の揺らぎ働きを詳細に検討するというもので,反応媒体の粘度を変えることで酵素分子の動きを抑制して反応速度を測定し,詳細な反応機構を検討する.これまでにα-chymotrypsinに関して数々の知見を得ているので,その他の酵素に関して研究を行った. まずβ-trypsinおよびsubtilisin carlsbergに関して詳細な検討を行った.β-trypsinの場合は,α-chymotrypsinと同様に,さまざまな基質において速度定数κ2は,アニリド基質では反応系の粘度に依存せず一定で,エステル基質では粘度の増大にともなって単調に減少した.一方,subtilisin carlsbergの場合はこれら二つの酵素の挙動とは対照的に,アンリド基質においてもエステル基質においても,速度定数κ2は粘度の増大にともなって単調に減少した.また,その変化量は上記二つの酵素でのエステル基質における変化量より小さいものであった.これらの結果から,α-chymotrypsinとβ-trypsinの場合はκ2段階において四面体中間体が生成する段階で酵素分子の動きがより重要な役割を果たしており,subtilisin carlsbergの場合は四面体中間体が生成する段階と四面体中間体から生成物が脱離してアシル酵素(Acyl-E')が生成する両方の段階において酵素分子の動きが重要な役割を果たしていることが明らかになった. 同じ触媒機構を有する三種のセリンプロテアーゼにおいて,それらの反応機構を考えたときに,酵素分子全体の揺らぎを加味することで異なる傾向が観測されたことは,酵素分子進化を考える上で非常に興味深い知見である. また,加水分解酵素以外の酵素反応に適用するために,酸化還元酵素について検討することにした.その第一段階として,酸化還元酵素の探索を行った.反応としては今までにあまり研究例のない炭素-炭素二重結合の還元を選び,ニトロアルゲンおよびα,β-不飽和ケトンを反応のプローブとして用いた還元酵素の探索を行い,新規酵素5種を単離精製することに成功した.
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