研究概要 |
他動詞的行為とは動作主以外の何物かを対象として行われる動作である。本研究の目的は,この他動詞的行為表象の形式と内容,脳内基盤を明らかにすることである。本年度は,昨年度行った健常被験者を対象とした実験の成果が,脳損傷例においても再現されるかどうかを検討した。実験は,統制された刺激を視覚呈示し,物品名呼称,行為表出,動詞生成の3条件で反応を行うという手続きで行った。対象は実験参加に同意した,アルツハイマー型痴呆2例,側頭葉型Pick病1例,Parkinson病2例,健忘症2例であった。撮影されたVTRをもとに誤反応を分析したところ,1)すべての疾患例において行為表出の正答率が最も高い,2)アルツハイマー型痴呆2例,健忘症例の1例では健常者での実験結果を再現し,行為表出において動詞生成に比べ視覚的誤反応の比率が高く,逆に動詞生成において行為表出に比べ意味的誤反応の比率が高い,3)パーキンソン病では呼称条件で視覚的誤反応が多く,行為表出条件では視覚的誤反応が増加しない,4)側頭葉型pick病ではいずれの条件でも正答がみられない,という結果が得られた。検討できた症例は少数ではあるが,以上の結果から,昨年度の研究と併せ,他動詞的行為表象は意味的知識と動作的知識が乖離して存在し,行われる課題に応じてこれらの表象の使われ方・関与度が異なること,視覚から行為表出に至る(意味的知識を経由しない)直接経路の存在が示唆されるが,この経路は意味的知識を介する経路に対して補助的に作用し,それ単独では機能しないことが明らかとなった。時間制限下での健常被験者の成績と,時間制限のない条件下での脳病変例の成績パターンが類似することは,新しい知見であると考えられ,健常者を対象とする認知実験において,従来蓄積されてきた脳損傷例を対象とする研究の成果が活用できる可能性があることを示している。
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