研究概要 |
視覚運動情報は脳内でまず時空間フィルタ処理によって抽出されることはほぼ周知の事実となってきた.しかし、フィルタの出力はそのままでは意味を持たない生のデータであり,それらを統合して有用な視覚表現を作り上げる必要がある.本研究では,以下の三つの観点から人間の視覚系における運動情報統合過程について心理学的実験を用いて検討した.第一に,一次及び二次の運動信号が空間的に統合される様式について,視覚探索のパラダイムを用いて検討した結果,一次の運動信号,つまり輝度変化に基づく運動信号は効率的に空間的統合がなされ,面や物体の知覚に寄与するが,二次の信号つまりテクスチャ変化に基づく運動信号においてはそのような統合が行われないことが示された.二次の運動情報は一次の情報とともに正しい知覚を助ける補助的な役割を持つことが示唆された.第二に,Ouchi錯視と呼ばれる運動の錯視について,その空間周波数特性と刺激サイズの関係を検討することにより,運動情報の局所的な統合による運動ベクトルの生成と,それらを大域的に統合して面の分離を行う高次の過程の関与が明らかになった.この錯視は運動知覚に関して大きな示唆を与えてくれるもので,今後も詳細な実験的検討を行っていく.第三に,運動情報が精細な知覚ばかりでなく即時的な運動制御に用いられる様式について,利き手による視覚対象の指示動作を用いて検討し,視覚運動による位置判断の錯覚が知覚的判断と運動反応において異なる形で生じることが示された.この結果は「知覚」と「運動」に関する脳内機構の分離を示唆するものであり,脳内の処理経路の特定など,今後とも心理学的,あるいは生理学的方法を用いて詳細に検討していきたいと考えている.(721字)
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