自白や証言の信用性を鑑定する際、鍵になるものの一つは、犯行や目撃が生起した環境との接触の有無であろう。本研究は、この点について被験者を二種設定した。3名の被験者は、別の実験において、某病院内を週1回4週に渡って、その実験の実験者とともに歩き回った体験を持つ(直接体験者)。残りの3名は彼らから口頭により体験を伝聞している(間接体験者)。直接、間接体験者とも2回ずつ、間約1か月おいて反復して尋問を受けた。尋問者は研究の目的や意図を知らない大学教員に依頼した。 供述の主だった特徴を挙げるならば、間接体験者には感覚的な情報(におい、印象的な内装、実験者の容貌など)が欠落し、この点を問い詰められると、体験がなくても回答可能な対象の物理的相貌(たとえば窓であれば、その典型的な形状を報告する)のみを回答したり、記憶の減衰や対象に対する感慨のなさといった個人内の(誰にも確かめようのない)原因に帰属させたりしていた。 また移動についての語りでは、間接体験者にはパースペクディヴの制約が欠如する傾向にあり、その地点からは見えない対象(たとえば壁のかげにある椅子)が見えたと回答してしまう。見えに制約された回答でなく、伝聞から構成した鳥瞰図的構造に基づいて回答していると思われる。 分析の途中、他の研究者および法曹関係者と、本研究について議論したところ、体験の有無によって被験者を二分し比較する方法では、それぞれの群の全般的傾向が特定されるのみで、個々の供述の真偽までは立ち入れないのではないかとの疑問が発せられ、それぞれの被験者が所有する「その人らしさ」を特定することが必要であるとの提言がなされた。このため今回の分析で発見された語りの特質は、体験の有無を識別する全般的なガイドラインといった位置付けにとどめるべきであり、今後は「その人らしさ」に基づいて、個々の被験者の供述の信用性を吟味する作業に移行したい。
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