平成13年度の研究では、19世紀ヨーロッパ文学に登場する「亡霊」概念と文学的想像力、視覚的娯楽との関係との関わりを明らかにしようとした。また、2年間のまとめとして、19世紀ヨーロッパの亡霊物語か古代以来のパターンをどのように踏襲しながら近代性を獲得していったかを分析した。 今年度の研究により得た知見は、主として次ページ「研究発表」のEtude Francaise掲載論文(2001年5月に早稲田大学で口頭発表したものにもとづく)に集約されている。この論文ではまず、亡霊物語を語る場と時間の特殊性(「夜伽」という形が典型)、話し手と聞きての交換可能性、見世物芸術との関連をおさえ、日本の江戸時代にみられた展開と類似した展開がヨーロッパ18世紀後半以降見られることを確認した。また、ヨーロッパではキリスト教の教義との関連で複雑な構造の見られる「信じる」という態度の歴史性と亡霊物語との関連を論じ、「信じる」行為と「書く」行為との間に見られるずれが文学に緊張を与え、そのことが文学という芸術の自律性と関わっていることを諭じた。つぎに、18世紀末以降展開した「ファンタスマゴリア」などの見世物において物理的に目に見える形で演出され、それに対応して文学でもしばしば「目の錯覚」や「機械仕掛け」として描かれた亡霊というモチーフが、ロマン主義から自然主義に至る文学において神秘思想・動物磁気・催眠術・精神病理学などと関連しながら、ついには人間の頭の中で結ばれる像として内化されていった経緯をたどった。 なお、Textuelに掲載した論文は、中国起源の奇譚が江戸の浮世草子を経てL・ハーンによってロマン主義的に脚色された例を通し、「手書き文字」を仲介として書き手の分身(一種の「生霊」)が生ずるというモチーフをヨーロッパ文学の「分身」と比較しつつ論じたもので、「魂」の概念やその芸術品制作との関連を、文学における「亡霊」を論じるうえでさらに追究すべき問題として提起した。
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