現在、日本の医療機関では「剰余金を社員に分配する」ことが禁じられている(以下、非分配制約)。剰余金の分配を禁じる非分配制約が、医療の非営利性を担保する手段として用いられているのである。本研究では、非分配制約によって特徴付けられる非営利規制によって、医療機関の機会主義的行動を抑制できるのかどうかを、主に理論的な面から考察した。機会主義的行動としては、同じ価格のもとで質の低いサービスを提供するという医療機関のモラル・ハザードを想定している。以下、主な結論である。 1.非営利の定義について「動機としての非営利」「制度としての非営利」の区別が必要である。そして、非営利規制によって実現できるのは後者の意味での非営利にすぎない。 2.非営利規制では「動機としての非営利」を持つ医療機関だけに参入を限定できないことを前提とする。すると、非営利規制は医療機関の機会主義的行動を防ぐのに有効な手段であるとはいえない。 日本の医療市場における非営利規制緩和をめぐる議論では、(1)規制緩和により医療機関の資金調達が容易になるというプラスの側面と(2)非営利規制がないと医療機関が機会主義的をとるようになるというマイナスの側面が指摘されてきた。(1)の点については、規制緩和により医療機関にとって資金調達の選択肢が増えるのであるから明らかにプラスである。ところが本研究の結果は、規制緩和によって(2)のようなマイナスが生じないことを示している。この意味で、本研究は非営利規制の緩和に肯定的である。しかしながら、医療機関の機会主義的行動を抑制することは医療政策上必要であり、今後は非営利規制とは無関係に、機会主義的行動を抑制する新たな手段を検討する必要があると考える。
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