研究概要 |
例えば単核非ヘム鉄酵素であるドーパミンβ-ハイドロキシラーゼは単核銅イオンを活性中心に有し、分子状酸素を利用してドーパミンのβ位の水酸化を触媒する金属含有タンパク質である。そのような酸素添加反応において重要な活性酸素中間体として、金属に結合したハイドロパーオキソ種が挙げられる。金属-ハイドロパーオキソ種の検討は、酵素反応のみならず種々の低分子量モデル錯体を用いた系についても活発に行われている。しかし、金属-ハイドロパーオキソ種の反応性の完全な制御には至っていない。本研究室においては各種の非共有結合性相互作用を有する三脚型ポリピリジン配位子BPPA(bis(6-pivalamido-2-pyridylmethyl)(2-pyridylmethyl)amine)を用いて、捕捉の困難な単核銅-ハイドロパーオキソ錯体の単離に成功し、その分光学的・物理学的性質を明らかにした。この錯体は、配位子のピリジン6位に導入したピバルアミド基のアミドNHと銅に配位したハイドロパーオキソ種の結合酸素原子Oとの水素結合が熱的安定性に寄与し、室温においても安定に生成する。そこで本研究では、一旦生成した銅-ハイドロパーオキソ種を活性化して酸素添加反応に供与するために、水素結合の位置特異性の制御を試みた。その結果について以下に述べる。 今回、BPPA配位子のハイドロパーオキソ種の結合酸素原子O(近位酸素原子)への水素結合を形成するピバルアミド基のかわりに、遠位酸素原子に水素結合できる部位を導入した新規配位子Ll(N'-methyl-N"-pivalamidoethyl-N,N-bis(pyridylmethyl)aminoethylamine)を設計し、過塩素酸銅との反応により錯体([Cu(Ll)](ClO_4)_2,を得た。この錯体はMeCN溶媒中-40℃条件下において、2当量のトリエチルアミンと10当量の過酸化水素を添加することにより、吸収スペクトルにおいて381nm(ε=1000M^<-1>cm^<-1>)にハイドロパーオキソイオンから銅へのLMCTと考えられるピークが観測され、単核銅-ハイドロパーオキソ錯体を形成することが示された。この単核銅-ハイドロパーオキソ錯体の溶液を室温まで昇温すると、LMCT由来の吸収は消失したため、パーオキソ錯体は分解したと考えられる。このパーオキソ錯体の熱分解による生成物をESI-massスペクトルにより追跡したところ、m/z=445,431,318,459にそれぞれ銅錯体由来のピークを観測した。これらは、配位子の脱メチル化により生成した銅錯体、脱アルキル化した銅錯体、一部が酸化された銅錯体にそれぞれ対応することから、配位子LlにおけるN-デアルキレーションおよび酸素移行反応が生じたものと推定できる。
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