本研究の目的は小脳LTDを分子レベルで包括的に記述することである。その目的のために、この2年間に我々は小脳LTDに関与する細胞内情報伝達機構を解析する方法を開発した。この手法で不可欠な部分は、電気生理学に用いうる機能を保持し、かつ安定な小脳初代培養細胞を確立することである。細胞の成熟段階における電気的な活動や受容体の活性化等の影響を検討し、現在、電気生理学に用いることができる安定した小脳初代培養を得ることができるようになった。 上に述べた初代培養細胞を用いて顆粒細胞-プルキンエ細胞間の神経伝達の長期抑圧(LTD)の惹起と発現に関与する細胞内情報伝達機構を解析した。LTDにおいてはAMPA受容体のリン酸化が重要な役割を果たすことから、この経路に関与するキナーゼ、ホスファターゼに着目した。代謝型グルタミン酸受容体によって活性化されるPKCは小脳LTDにおいて必須の役割を果たすが、この受容体の活性がGRK4を介したフィードバック機構により制御されていることを明らかにした。さらに、PKCの下流でERK1/2カスケードがLTDの惹起およびAMPA受容体クラスターの崩壊に関与することを見い出した。 AMPA受容体のリン酸化は細胞内のキナーゼ活性とホスファターゼ活性のバランスによっていることから、我々はLTD関与するホスファターゼの検討を行なった。LTDに対する各種の特異的なホスファターゼ阻害剤を検討し、ホスファターゼ2A(PP2A)が重要な役割を果たすことを見い出した。PP2AはERK/12及びその上流キナーゼMEK1/2を脱リン酸化することから、LTDは単一の情報伝達機構によってではなく、複数の細胞内情報伝達カスケードの関与する、より複雑な現象であることと考えられる。小脳LTDについて報告されている各種の矛盾した結果を説明するにはこのことを考慮に入れることが必要である。
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