研究概要 |
意識を物理現象として理解しようとするとき、神経細胞という計算素子の集まりによって、意識が解明できるかとの疑念が生じる。脳科学者の殆どが、計算機をメタファーに脳を捉えているのだから。しかし、この疑念自体、素朴な計算概念を前提としている。神経細胞は環境と分離可能な計算素子ではなく、自ら計算実行環境を創り、そのもとで計算を実行する計算機なのだから。ここでは形式世界(計算)と物理世界のインターフェースとして、絶えず創られる計算実行環境が機能する。我々は、形式世界を束多項式で、物理世界を属性と対象集合との二項関係の階層で定義した。両者の間に,形式世界の計算を実行する実行環境が,自然世界からその都度創られる。我々はこれを局所的意味論と呼び,二項関係から定義される不完全概念束で与えた。二項関係の間に閉包操作を定義するとき,属性・集合の部分集合対で概念順序集合が定義でき,ここから概念束が得られる。ここでも閉包操作はアジャンクションを構成する。我々は閉包操作に含まれる全称量化子を弱めることで、概念束を弱め、概念束がアジャンクションを回復すべく変化し続ける局所的意味論を構成した。形式世界の計算は、この、その都度創られる局所的意味論の下で実行される。こうして局所的意味論は自然世界と形式世界(機械)とのインターフェースとして機能し,世界性を潜在させる。世界性の潜在こそが、意識を論ずるための基本的メタファーである。我々は、2ブール束上で定義されたセルオートマトンにおいて、計算の万能性と計算効率を定量的に定義し、その結果両者の間に排他原理が見出されることを発見した。その上で、同じセルオートマトンの計算が局所的意味論上で実行されるとき、排他原理が弱められ、万能性をさほど壊さないまま適当に効率よい計算が実現される結果を得た。これは、人間の適応や学習を考える上で、現象論的計算なる概念が極めて重要かつ有効である点を示している。心理学的時間と空間とは、現象論的計算において「いま・ここ」という両者の混合態として構成可能である。我々は局所的意味論を、力学系に双対に付随する境界条件を創る形式としても得られること、両者の相互作用によっても意識に通ずる大域的かつ頑健な挙動が得られることを示した。
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