研究概要 |
資源・環境問題が注目される現在, 工業化学の基盤の一端を担う有機合成化学においても, 高効率かつ環境調和性の高い合成反応の開発が求められている。鉄は, その普遍性, ならびに生体毒性と環境負荷の低さから実用触媒としての応用が期待されながらも精密有機合成分野での利用は立ら後れている. 鉄を分子触媒として用いるには, その多様な酸化状態, 配位数およびスビン状態を緻密に制御する新たな方法論の開発が必要であり, 鉄を利用した商選択的な分子変換反応を開発し, 精密有機合成反応へ応用することは, 工業的にも, そして学術的にも, 重要な課題である。GOWER博士は, 鉄触媒を用いた環境調和型の炭素-炭素および炭素-ヘテロ元素結合生成反応の機構研究に従事し, 以下に述べる成果を挙げた。(1)放射光XAFS (X-ray absorption fine strueture)分析を用いる有機鉄反応活性種の溶液構造の解明 : 本研究で対象とする有機鉄反応活性種は, 空気中の酸素や湿気に対して反応性が高く, また熱的に不安定であり, 単結晶X線構造解析が困難である。加えて, 強力な溶液中分子構造解析手法である核磁気共鳴分光法を用いても, 鉄特有の電子状態およびスビン状態から解析困難なスペクトルしか得られない. 同氏はメシチル基をアリール基として導入することで熱的に安定な鉄錯体を高収率で合成することに成功し, さらに幾つかの錯体についてはX線結晶構造解析を行い, 鉄中心が歪んだ平面四角形構造あるいは歪んだ四面体型構造を有することを明らかにした。さらにXAFS解析を行い, 溶液中での鉄錯体の構造および電子状態を明らかにした, (2)鉄触媒によるオキサビシクロアルケン類への不斉カルボメタル化反応の開発および反応機構研究 : 遷移金属触媒を用いるオレフィン類への不斉カノレボメタル化反応は, 位置および立体選択的に炭素-炭素結合の生成しながら連続する不斉中心を構築することが可能であり光学活性化合物の有効な合成手法の一つである。GOWER博士は, 有機亜鉛反応剤のオキサビシクロアルケンへのカルポメタル化反応が, 光学活性なビスホスフィン配位子CHIRAPHOS存在下でエナンチオ選択的に進行し, 適切な反応条件を選ぶことでカルボメタル化生成物と, 付加・開環生成物の両者を良好な立体選択性で得られることを示した。触媒量の塩化鉄(III)および(S, S)-CHIRAPHOS存在下, オキサビシクロアルケンとジフェニル亜鉛反応剤を反応させ, 反応溶液を0℃で4時間撹拌した後, 酸で処理する事によりカルボメタル化体を収率98%, 79%の鏡像異性体過剰率で得られる、この反応の発見によって, 鉄触媒カルポメタル化反応の不斉合成反応としての可能性を示すことに同氏は成功した。
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