研究実績の概要 |
がんの発生・進展において、がん微小環境は重要な役割を果たす。しかし、生体内において一つ一つのがん原性変異ががん微小環境を構築していくメカニズムはほとんど不明である。これまでに我々は、ショウジョウバエ上皮をモデル系として用い、ヒトのがんで高頻度に認められる2種類の変異(がん遺伝子Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害)を同時に起こした変異細胞が、炎症性サイトカインUpd(IL-6ホモログ分子)を産生、放出し、その周辺の良性腫瘍を悪性化することを明らかにしてきた(Ohsawa et al., 2012)。興味深いことに、変異細胞自身はこれらの分泌性増殖因子を受容しているにもかかわらず増殖できない。この特徴的な変異細胞の性質に着目し、そのメカニズムを解析した結果、変異 細胞は細胞周期をG1期で停止させ、細胞老化を起こしていることが分かった。この結果は、細胞老化現象が無脊椎動物にも存在することを世界で初めて示すものとなった。また、哺乳類の培養細胞において、細胞老化を起こした細胞が種々の分泌性タンパク質を産生、放出するSASPと呼ばれる現象が存在するが、変異細胞はSASPと同様の現象により周辺組織に腫瘍悪性化を誘発することを明らかにした。さらに、このSASP誘導のメカニズムを解析した結果、変異細胞はp53の活性化とCycEの不活性化により細胞周期を停止させ、細胞周期停止とJNKシグナル活性の相互依存的な増幅を誘導してJNK経路を強く活性化し、SASP因子であるUpdの発現誘導を引き起こすことが分かった。ヒトの腫瘍組織においては、様々な刺激によって細胞老化が誘発されていると想定される。本研究により明らかになった細胞老化を介したがん微小環境制御は、細胞間相互作用を介した腫瘍悪性化の要因の一つとなっていると考えられる。
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