本年度は、当該年度の研究目的に照らして、以下のような研究を行った。まずは、日本で「性同一性障害」という言葉を使ってコミュニティの運営を行う団体に対し、インタビューを行った。またタイとアメリカに関しては、「性別の変更」を行うという性のあり方を擁護する活動の関係者にコンタクトを取り、回答を得た。 日本では、「性を変えよう」とする人々が作る四国の1団体に焦点をあてた。調査では、「性同一性障害」という医療言説の登場によって、「性を変える」ということが可能になったというポジティヴな面を評価する証言が得られた。しかし同時に、「性同一性障害」という言説によって、「男性から女性に性を変えよう」とする人が女性を恋愛対象にする場合があるという事実が理解されにくい状態が起きているという証言も得た。この証言からは、「性同一性障害」とされる人が、「ゲイ・レズビアン」と混合した性のあり方をしていた場合、これらの人々のライフスタイルが医療言説の普及に伴って異端化される可能性があることがうかがえる。これは「性同一性障害」という言説の普及がもたらすネガティヴな面であり、こうした点から「性同一性障害」という医療言説が「性を変えよう」とする人々のライフスタイルに対して中立的ではないという知見を得た。タイに関する調査では、性の医療化という社会現象の事例である「性同一性障害」という言葉の存在に対して批判的な見解を得ることができた。また、アメリカに関する調査でも、アメリカの精神医学会の診断基準であるDSMの改訂について質問をしたところ、「性同一性障害」という医療言説に対する歴史的評価を下す回答を得た。
|