研究概要 |
今年度は主に認知ドメインの異なる側面のプロファイルという観点から、日本語・英語・中国語の摂食動詞の意味拡張を詳細に考察した。認知意味論は主観的意味論の立場から、客観的事態が同じであっても、認知主体の捉え方によって主観的な意味の違いが生じる。また、ある対象や出来事を捉える時、言語表現は常に概念のすべてを表すのではなく、同じ概念の違う側面をプロファイルすることが多い(cf. Croft (1993)の「ドメインハイライティング(Domain Highlighting)」、ドメイン(またはドメイン・マトリックス)内のプロファイル、「活性化領域(active zone)」(Langacker 1987, 1990, 2000 ; Taylor 2002))。本研究では、このような立場から、他動詞のカテゴリーに属してはいるが、他動詞のプロトタイプから外れる摂食動詞に注目し、その意味拡張を考察する。 摂食動詞の基本義には通常の他動詞にある①〈AGENTからPATIENTへの遠心的移動〉の他に、②〈PATIENTがAGENTの口(さらに体内)への求心的移動〉、さらに飲食活動に伴う③〈PATIENTの消失〉といった側面が見られる。基本義にあるこの3つの側面は意味拡張においてどうのように現れるかを考察し、以下のようなことが分かった。 日本語は3つの側面とも拡張義において見られる。①から〈より強い相手をうち負かす〉(横綱をくう)、〈人に敵対的な態度で向かって行く〉(食ってかかる/食いつく/食らいつく) ; ②からは〈[攻撃や処罰など望ましくないことを]受ける〉{パンチ/不意打ち/小言をくう} ; ③からは〈[無生物が][有限なものを]消費する〉(ガソリン/電気代をくう)という拡張義が見られる(篠原(1999)、松本(2007)、堀江・パルデシ(2009)を参照)。 中国語は②の求心義のみ拡張が見られる。日本語「くう/くらう」に類似し、中国語の「吃」には〈[攻撃や処罰など望ましくないことを]受ける〉という拡張が見られる。例えば、〈吃拳(拳骨)/耳光(ビンタ)/败仗(敗戦)/官司(訴訟)/閉門羹(門前払い)/亏(損)/苦(苦)/惊(驚き)〉などの使用例が見られる。 英語のeatは③の〈消失〉という側面のみ〈腐食、浸食〉(fences eaten by rust. eat mental)及び〈消費〉(This car eatsgas.)といった意味に拡張している。 今までの意味拡張の研究は主に語彙の全体的な拡張に注目する研究が多いが、認知ドメインの異なる側面のプロファイルという観点によって、拡張のメカニズムをより明瞭にすることができると考えられる。
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