日本学術振興会特別研究員に採用された初年度は、博士論文を仕上げることに専念した。主にイマヌエル・カントの政治的自律の構想についての研究を進めた。この研究は博士論文の最終章をなすものであると同時に、本研究員に応募するにあたり提出した研究計画に直接つながる重要な位置を占める研究である。カントの構想する政治的自律は、実定法の制定に関与しうる権利と機会が保障された状態を指している。実定法の制定に関与しうる機会が保障されるためには、経済的な自立もまた必要となる。そこでカントは、政治的自律のための社会保障という構想を提示した。これは社会保障の目的としては社会思想史上特異な発想であるが、近年においては政治理論家のジョン・ロールズが提示する「財産所有のデモクラシー」にも通じるアクチュアリティのある見解である。博士論文では、こうした政治的自律の構想を含むカントの政治理論の研究に取り組み、2013年4月に早稲田大学政治学研究科に提出した。当初の予定では博士論文提出後に、研究計画書に記した、カントの構想に始まる社会保障の目的をめぐる思想史研究に従事する予定であった。 初年度は、博士論文執筆の他に、2012年8月に小樽商科大学で行われた第20回政治哲学研究会で研究報告を行った。この研究会では、博士論文の主題の一つであったハンナ・アーレントの政治理論について報告し、コメンテーターや司会の方をはじめ、多くの参加者から質問やコメントをいただいた。ここでの報告内容を大幅に加筆・修正した内容の論文を雑誌『理想』の「特集アーレント」に寄稿した。
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