本研究は、生物がつくる殻の形成プロセスについて解明することを目的とした。その過程において予測とは異なる結果が得られたため、当初の予定を変更し、以下のような実験を行った。 まず、アコヤガイ幼殻についてXRDやラマン分光法など、いくつかの手法を用いて分析を行った。その結果、アコヤガイ幼殻にはACCが存在しないと結論づけられた。 次に、事前の研究計画では、アコヤガイのほかに、ヤカドツノガイ、カモガイ、ヨーロッパモノアラガイなどを用いるとしていたが、実際にはアコヤガイ、セタシジミ、クサイロアオガイ、ヒラマキガイを用い、二枚貝-巻貝間での差異をより詳しく見ることとした。その結果、構造としては、外層と内層に柱状コントラストを有する三層構造を呈する点で共通していたが、二枚貝類と巻貝類では、その間に形成される中層について、違いがみられた。すなわち、二枚貝類は中層が粒状のコントラストであるのに対し、巻貝類の中層では二枚貝類における構造よりも、結晶が横に伸長する傾向が見られた。この結果はこれまでに観察されてきた先行研究の図を見ても、概ね一致していると考えられる。このことから、おそらく軟体動物の祖先における幼殻の形態は外層と内層に柱状コントラストを有する三層構造であると考えられるほか、アコヤガイにおける非晶質炭酸カルシウム(ACC)探索の結果が二枚貝類全体に適用できる可能性が示唆された。また、二枚貝類と巻貝類では、TEMで観察した際の有機物の含まれ方が異なるという結果も得られた。 事前の予定では、幼殻におけるタンパク質の局在を調べることとしていたが、貝類幼殻がACCを経由した殻形成を行わないという結果が出たうえ、知己の研究者から、幼殻には想定していた種のタンパク質が含まれていないという報告があった(竹内、私信)ため、タンパク質の局在解析を行う予定を取りやめ、前述のようにいくつかの種の構造解析を行った。また、ACCを経由する殻形成を行うとされる陸生甲殻類の脱皮周期を追った殻形成プロセスを解析し、どのような違いがあるのかを調べた。
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