研究概要 |
【目的】成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-1)による発がん機構の研究は、特異的な転写活性化因子であるTAXの機能解析を中心に行われ、発がん初期段階において重要な役割を担っていることは明らかである。しかしながら、HTLV-1感染から成人T細胞白血病(ATL)発症にいたる細胞側要因は未だ解明されていない。本研究では、ATL腫瘍細胞特異的に活性化されたがん関連遺伝子をクローニングし、その構造・機能の解析と病態との関与の解明を目的とした。【方法】新鮮ATL腫瘍細胞から直接RNAを抽出し、Cap Finder法ならびにレトロウイルスベクターを用いて発現cDNAライブラリーを作製した。NIH3T3細胞株にライブラリーを導入後、フォーカスを形成した細胞からPCR法にてcDNAをレスキューし、その構造と機能解析を行った。【結果・考察】フォーカス形成能、軟寒天におけるコロニー形成能、およびヌードマウスにおける腫瘤形成能のすべてを有するcDNA(transforming gene in ATL tumor cell ; Tgat)を得た。その遺伝子構造は、全長1574bpで、255個のアミノ酸をコードするORFを有していた。そのアミノ酸配列はDbl familyに属するTRIOのGEF-D2と相同であった(TRIOはspectrin-like domain, GEF-D1,PH-D1,GEF-D2,PH-D2,Ig-like domain, S/T kinase domainを有する多機能タンパク質である)。しかし、ORF領域の一部、及び3'-UTR領域はデータベース上の既知のcDNAやESTとhomologyを示さなかった。TRIOゲノム配列との比較の結果、Tgatは選択的スプライシングによってTRIOのGEF-D2をコードする9個のエクソンとtrio遺伝子の下流に存在する1個のエクソンで構成されることが明らかとなった。Tgatは正常ヒトやHTLV-1健常キャリア末梢血リンパ球、およびヒトT細胞株、HTLV-1感染細胞株であるMT-2では全く発現していないが、急性型ATLおよび一部の慢性型ATL、さらにATL腫瘍細胞由来と考えられる細胞株で特異的に発現していた。TgatをNIH3T3細胞やSwiss3T3細胞に一過性あるいは定常的に発現させることでアクチンストレスファイバーが明瞭に観察できたが、Tgatに特異的なC末端に存在する14個のアミノ酸を欠失させても上記の機能に変化はなかったが、Rhoの下流に存在するRhoキナゼ(ROCK)阻害剤にて上記の現象は完全に消失した。方、ROCK阻害剤で処理するとトランスフォーム能が減弱するのに対し、C末を欠失させたTgat変異体はトランスフォーム能を完全に消失した。さらにトランスフォーム能と同様に、マトリジェルを用いたinvasion assayでもinvasion能にはC末領域が必須であった。すなわち、TgatはRhoGEFの機能のみならず、C末領域の生物活性が極めて重要であり、ATL腫瘍細胞における異所性発現が細胞の悪性度や浸潤能などに影響を与えている可能性が強く示唆された。
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