研究課題/領域番号 |
13410020
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研究種目 |
基盤研究(B)
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 一般 |
研究分野 |
美術史
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
鐸木 道剛 岡山大学, 文学部, 助教授 (30135925)
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研究分担者 |
田中 智惠子 修復研究所21, 研究員
加藤 百合 筑波大学, 人文社会科学研究科, 助教授 (50326815)
田中 智恵子 修復研究所21, 研究員
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研究期間 (年度) |
2001 – 2002
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研究課題ステータス |
完了 (2002年度)
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配分額 *注記 |
8,500千円 (直接経費: 8,500千円)
2002年度: 2,900千円 (直接経費: 2,900千円)
2001年度: 5,600千円 (直接経費: 5,600千円)
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キーワード | ロシア / イコン / 山下りん / アラスカ / クリューコフ / ニコライ / インノケンティ / 工部美術学校 / シトカ / 正教会 / ニコライ大主教 / ブルーニ |
研究概要 |
日本に将来されたロシア・イコンの性格を考えるのに、ロシアから見て日本とパラレルであるアラスカにおけるロシア・イコンの状況を調査したところ、シトカ、ジュノー、コディアク、アンカレッジのみであるが、共通のイコンはわずかに4点(版画が3点、油彩画が1点)、つまり殆ど皆無であることが明らかとなった。つまりロシアから送られてきたイコンは、ロシアから世界各地の正教会に十把一絡げに送られたものではなく、当該地にどのイコンを送るかは、その地の正教会を援助するロシア側のパトロンの意向と、そのパトロンの周辺のイコン工房の制作状況が反映されていることが見通されることになった。 しかし、そのなかで重要な発見があった。シトカのインノケンティ主教館において、日本のイコン画家山下りんが1891年に日本滞在中のロシア皇太子ニコライに献呈した『復活』のイコンの原画が発見されたのである。原画の制作は1876年。描いた画家はおそらくアラスカ最初のイコン画家ヴァシリー・クリューコフ(1810頃生、1880年頃、もしくは1830年頃歿)。ただしクリューコフは1830年までにペテルブルグで死んだとの記録もあり、精査を必要とするが、日本のニコライ大主教が育てた山下りん(1857-1939年)、アラスカのインノケンティ主教が育てたヴァシリー・クリューコフという、いずれも現地のイコン画家を育てるという伝道方針の結果であることがわかり、日本のロシア・イコン研究に全く新しい視点が導入されることになった。また東北地方の調査により、同一のイコン工房(場所、実体などは、なお不明)から送られてきたキリストと聖母のイコンを技法的に考察することによって、従来山下りんに帰属されてきた白河正教会のキリストと聖母の2点のイコンについて新知見が得られた。また科学分析のデータを初めて取ることができた。また山下りんが学んだ工部美術学校についても比較教育史の面から新しい考察を加えた。
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