研究分担者 |
吉田 豊 神戸市外国語大学, 教授 (30191620)
武内 紹人 神戸市外国語大学, 教授 (10171612)
荒川 正晴 大阪大学, 文学研究科, 教授 (10283699)
松井 太 弘前大学, 人文学部, 助教授 (10333709)
百済 康義 龍谷大学, 文学部, 教授 (80161636)
松川 節 OTANI UNIVERSITY, FACULTY OF LETTERS, ASSOCIATE PROFESSOR (60321064)
蓮池 利隆 龍谷大学, 文学部, 専任講師 (50330022)
白須 浄真 広島安芸女子大学, 経営学, 専任講師 (10330713)
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研究概要 |
森安は,ウイグル文書に現れる通貨について調査した結果,西ウイグル王国時代の10-11世紀には主に官布と呼ばれる棉布が使用されていたが,モンゴル時代になると銀が顕著になることを明らかにした.そして,その結論から,ユーラシアをめぐる銀動向についての経済史的研究に一石を投じた. 荒川は,アスターナ古墳群出土の葬礼文書を分析して,トゥルファン漢人の冥界観の時代的変遷を明らかにした.すなわちトゥルファンでは,4世紀の高昌郡時代に仏教が漢人の間に既に流入していたにもかかわらず,6世紀の麹氏高昌国時代になって漸く漢人の伝統的な冥界観に仏教色が加味された新たな冥界観が現れ,それが7世紀の唐西州時代になると浄土を希求する仏教の冥界観に移行したのである. 百濟は,チベット語大蔵経中に『栴檀仏像中国渡来記』という表題をもち,「癸猪の年の2月1日に,Amchangが中国語からウイグル語に訳し,Danasiがウイグル語からチベット語に訳した」という奥書を持つテキストの由来を探り,それがウイグル人の安蔵とDhanyasenaに関わり,1263年に翻訳されたことを明らかにした. 武内は,敦煌出土のチベット支配期以降のチベット語文書の同定を通して,それらの大半が非チベット人によって国際外交,地方漢人間のコミュニケーション,仏典書写など様々な目的で書かれたこと,その背景としてチベット語が多言語社会である河西において最も普及した第2言語でリンガフランカであった事情を述べた. 吉田は,ソグド人の王姓とみなされてきた「昭武」の語源についての従来の諸説を廃し,新たにcamukとの関係を論じた.そしてそのcamukをエフタル語と推定し,同様にエフタル起源で中央アジア諸語に受け入れられた可能性のある語を検討した. 松川は,ユーラシアに広く普及した中国起源の偽経『仏説北斗七星延命経』のモンゴル語版に生き続けているウイグル的要素を扱い,この経典がウイグル語からモンゴル語に翻訳されたという証拠を示した. 松井は,ペテルブルク所蔵ウイグル語文献から13世紀のトヨク地方で活動した仏僧集団に関わる世俗文書数十件の情報を整理し,ウイグル仏教教団の文化的・経済的活動の実態に迫るための基礎作業を行なった. 白須は,大谷探検隊の日本近代史上における意義を明らかにする作業の一環として,外務省に保存された外交記録文書をとりあげた. 坂本は,トルファン出土の絹織物コレクションの中から特に貴重な3点に注目し,その由来を技術史と文献学の両面から検討した
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